2004年08月19日

04五輪 vsガーナ

良い試合だった。U23の本来の形である3―4―1―2で、右サイドの石川が相手DFの裏側を突くことでチャンスメイク以上に相手の攻撃を押さえる効果があった。見方によっては3―4―3で中盤が小野を頂点としたダイアモンド型と言うことも出来るかもしれない。ともかく、石川と大久保の動きは効果的であった。なんで相手DFとトップにスペースが空き、そこから3列目の菊地のロングフィードって得点シーンも、まさに理想的。大久保のループのヘディングシュートは素晴らしいの一言。中盤に厚みが増すことで、DFはストッパー、あるいはスイーパーとして、その持てる能力を十分発揮した。得点差以上の圧勝。こういうゲームをしていれば、パラグアイにもイタリアにも勝てたのではないかと悔やまれる。五輪という舞台を前にイモ引いちゃったんだよね。でも、3試合とも面白かったし、山本監督は素晴らしいチームを作ったと思う。さあ!2年後に向けてJで頑張ろう!行ける奴はさっさと海外に行け!茂庭はベルマーレに帰ってきてくれ!ると嬉しい。
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2004年08月18日

ビハインド・ザ・サン

Behind the Sun (2001/WALTER SALLES)

「セントラル・ステーション」の名匠ウォルター・サレス監督が描く、ブラジルの熱い風を感じる鮮烈なドラマ
ブラジルが誇る美形スター、「ラヴ・アクチュアリー」で注目のロドリゴ・サントロから目を離すな!

10月、新宿武蔵館にてロードショー


behind.jpg

確かに主人公の青年は美形でした。

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奴隷制度の崩壊と産業革命の波に襲われ、没落していく家内制手工業のサトウキビ農家を営む一家。両親と20歳の次男、歳の離れた三男は一家四人でサトウキビの生産から販売まで手分けして行い、厳しい生活に耐えていた。

この一家は、土地の争いで牧畜を営む一族と争っており、長男は相手に殺されていた。父の教えに従い、長男の復讐の為に闘う次男。彼は見事に復讐を果たすが、今度は相手一族から狙われる立場になる。

死の恐怖に怯えながら、父や土地や因習など、封建的な支配に従属している自分の存在に疑問を持ち始める次男。

ある日、近くの街にサーカスがやってきた。父の教えに逆らい、三男と共にサーカスを見に行く長男。彼はサーカス団の少女と恋に落ちる。

共に被支配者として生きる長男と少女は、自由になる術はない。小さな革命を夢見始める長男に、死の影が迫っていた・・・



ハンサムというより美しい、高貴な雰囲気ぷんぷんのロドリゴ・サントロは、いまいち何を考えているのか分からない。悩んだり、考えたりしているよりは、ぼーっとしているように見える。だから彼が封建的な家庭や制度に縛られていたり、それに悩んでもいるなんてのは、嘘だろ!って感じ。一言で言えば、顔が既に非現実的。いま思えば、「ラヴ・アクチュアリー」での美形でお洒落なんだけど奥手で引きこもりがちなデザイナーという役はハマリ役だったのだ。

本というものを家族で唯一手にしてみたり、兄に家出を勧めたりと、アナーキーで破壊的な幼い三男がストーリーテラーなのだが、それは因習に縛られていない彼は“神”か“天使”ということなのだろうけど、こういう家庭でこういう風に育ってしまったことが不思議で仕方ない。兄弟二人とも顔が両親に似ていないのも可笑しいが、教育もなっていないようだ。って、その時点で封建制度も慣習も意味ないじゃん!いや、この作品は飽くまで御伽噺なのだ。だったら、複雑な設定や、それを台詞で説明したりするのは益々混乱させるばかりだし、退屈だ。

ライフルを走りながらぶっ放し、しかも命中させてみたり、見ていて酔うようなぐるぐる廻る映像を挿入してみたり、この監督は基本的にメルヘンな人なのだなあと思った。それならそれで、もっとシンプルな恋愛話でもいいんじゃないかと。

主人公とヒロインとのウルトラC級の逢瀬にはビックリ。そこでは既に父長制も慣習も無意味になっていて、恋愛にこういう力を持たせてしまうところがメルヘンな所以だし、モテるんだろうなあと嫉妬。個人的には、歳の離れた兄弟がヒロインをめぐって対立なんてのを期待したのだが、弟はやっぱり自分から犠牲になったりして、人間臭さの欠片も感じられなかった。そう、この主人公達も作品も人間臭さが感じられないのだ。

主人公の両親とヒロインの継父の3人は、顔の皺からして説得力ありまくり。人間臭さが漂ってくるようで、とっても好感が持てた。3人とも名役者だし、名演技だった。

土地と因習に縛られた青年と、移動しながらも血に拘束された娘のロマンスというプロットは素晴らしい。しかし、メルヘンなのか、リアリティーを求めるのか、ハッキリしていた方が良かったと思う。ラストはあまりにもメルヘンしていて恥ずかしくなってしまったが。
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キリンチャレンジカップ vsアルゼンチン

アルゼンチンは、95年のインターコンチネンタルカップ、98年のフランスW杯など、日本代表がアジア相手に勝ち、ちょっと自信過剰になっている時に度々試合をする機会があり、その度に眼を覚ましてくれる。

ほとんどサッカーにもなっていない退屈なゲームだった。個人の能力の差、だけではない。日本の選手の能力は、勿論アルゼンチンの比ではないが、勝負にならないというレベルではない。

問題は、勝つ為の戦略も戦術もない点だ。後半の得点および攻勢は、飽くまでコンディションの悪いアルゼンチンのペースが落ちたからであり、実際、相手を崩したシーンはほとんど無く、あれは全く参考にならない。

日本代表とは名ばかりに、烏合の衆の様に走り回る選手達。こんなチームに誰がした。下らん戦術でもないよりは遥にマシであるということは、トルシエから学んだはずだ。

2006年まで2年を切っているというのに、甚だ不安だ。
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2004年08月17日

PRIDE GP 決勝

2004年8月15日、PRIDEGP決勝を観る為、埼玉県某所にあるスポーツカフェに行った。今回も前々日に予約をしていないことを思いだし慌てて電話をしたのだが、今までと違っていたことは近場のスポーツカフェ、というより都内のスポーツカフェの多くが予約で埋まっていたことだった。生放送の予約が埋まっているどころか、どの店も試合終了後に録画したものでリピート放送をするらしいのだが、それもほぼ満席という。なんなんだ、この混み具合は。そんなわけで、試合会場である埼玉スーパーアリーナにほど近いスポーツカフェに独りで行くハメになってしまった。続きを読む
posted by 井川広太郎 at 16:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | lost in blog | 更新情報をチェックする

04五輪 VSイタリア

力の差が出た。個人の能力も戦術も戦略も相手が上回っていた。んなこと最初から知っている。敗戦は何よりの教訓だ。しかし、それで納得したら次はないのだ。目指すべきところは飽くまでW杯であって、「我々のプランが崩された」から負けたなんて言っていても始まらない。この経験を踏まえ、2年後には勝つサッカーをしなければならない。続きを読む
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2004年08月13日

04五輪 vsパラグアイ

フィジカルの強さと明確な戦略が、これほどまでにチーム力を変えるのかという良い例。個人の技術では日本の方が上だけど、チームとしての強さには歴然とした差があった。
パラグアイは、こうすりゃ点が入るし、そうすりゃ俺達勝てるっていうイメージを全選手が理解していて、個々の差や失点なんてモロともしない頑強さがあった。
そういうのを戦略といいます。
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posted by 井川広太郎 at 13:08| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2004年08月10日

ある日、突然。

TAN de REPENTE(2002/DIEGO LERMAN)

ロードムービーってだけで憧れてしまう。だって、映画の本質は“TRAVEL”だから。ましてや、アルゼンチンのような広大な大地を舞台に出来たら、そりゃ素晴らしいに決まっている。

しかし、ジャームッシュやヴェンダースへのオマージュと言うより、パロディーに止まっているとも思う。物語を超えた部分での“TRAVEL”の動機付けが何ら感じられなかったし、登場人物の背景描写も散漫だ。

それでもアルゼンチンを車で旅できたら、やっぱり羨ましい。
マテ茶は美味かった。


8月7日より渋谷シネ・アミューズにて 
連日(21:20〜)公開中!


repente.gif


作品公式HP http://www.zaziefilms.com/totsuzen/
posted by 井川広太郎 at 23:59| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | REVIEW | 更新情報をチェックする

2004年08月09日

春夏秋冬そして春

Spring, Summer, Fall, Winter, and Spring(2003/金基徳)

輪廻を描いているので欧米で受けるのは分かる。
ああいう映像を美しいと言うのも想像に難くない。

しかし、哲学するにはあまりにも映像が平面的で、説明的な文脈に止まっていたように思う。また、人生を描いていながら食事のシーンが出てこないという点に、この作品がいかに観念的かが表れている。

一言で言うと説教臭い。その辺は「悪い男」と同じ。


ただ、物語としてメチャメチャ面白かった。

2004年秋 公開予定

sprig.jpg



金基徳公式HP http://www.kimki-duk.jp/
posted by 井川広太郎 at 22:05| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | REVIEW | 更新情報をチェックする

2004年08月08日

レトロすぺくてぃぶ

gundam2 gundam

おもちゃ箱をひっくり返したら、こんなもんが出てきた。
ガンダ厶の電子ゲーム機。

ゲーセンにある基盤をそのまま小さくしたような感じ。軽いとはいえ子供の手には乗り切らない大きさだ。20年以上前のものだと思う。子供の頃は旅行などにこれを持っていっていた。ゲームボーイは勿論、ファミコンすらなかった時代の話。

ゲームウォッチと同じレベルの簡単なシューティングゲームが5パターン入っている。基本的にはミサイルを撃って近付いてくる敵を、上下の移動で避けながら迎撃するという指向。ガンダムに登場するシャアザク、エルメス、ジオングといったキャラクターがパターンごとに敵対する。

懐かしくて電池を入れてみたら完動。さっそくプレイしてみる。シンプルながらセンスのよい画面作りに感動し、懐かしいビープ音に感涙する。

昔と一つだけ違ったのは、ものの5分でクリアしてしまったことだけだった。
posted by 井川広太郎 at 23:24| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2004年08月07日

緑とオレンジ

toukaido

久々に東海道線に乗る。
この慣れ親しんだカラーリングの車両はもうすぐ現役を引退するらしい。
寂しい限りだ。
posted by 井川広太郎 at 13:14| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2004年08月05日

エレファント・マン

THE ELEPHANT MAN(1980/David Lynch)

日本での初公開は1981年だったそうだ。
作品生誕25周年としてニュープリントでの再映。

2004年11月中旬 銀座テアトルシネマ、池袋テアトルダイヤにて
レイト・ロードショー 順次全国公開



elephantman_s.jpg


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25年前は350万人動員したそうだ。
俺の映画の記憶の中でもかなり古い部類に入るのだが、実は初見。
では、俺は何を記憶していたのかと言うと、TVで繰り返し流れていた予告編である。

資料によると、当時はヒューマニズムに乗っ取った広報を展開していたらしい。
それで多くの動員を達成したというのは、当時の時代背景を振り帰ると、呆れるというか、微笑ましいというか。あるいは、広報の担当者の達観か。



鼻。女らしい。象。描かれた女。森林。象の目。倒れる女。象の群れ… ファースト・カットの鮮烈な衝撃は、リンチの宣戦布告であり、所信表明であり、明確な意思表示であると読み取る。明かに、ジガ・ヴェルトフやエイゼンシュタイン、そしてゴダールを意識した“モンタージュ”に、底知れぬ安心感を得る。「この映画は間違い無い」と思った。

前半は夜や密室でのシーンが多く、サスペンス・ホラー仕立て。件のエレファントマンもその容貌の全てはさらけ出さず、異様な期待感と恐怖感が映画全体を包み込む。深い陰影に彫り込まれたモノクロームの映像は、見える部分と同時に見えない部分を演出する。

産業革命真っ只中のロンドンは、煉瓦作りの巨大な建造物と工場から絶え間無く流れ出る噴煙によって、都市を照らす日の光を遮り、都会に陰が生み出された。資本家と労働者。貧富の差。暗い路地を曲がると、そこには見知らぬ世界が広がるという不安感。

シークエンスの合間に挿入される暴力的な映像と音の交錯という映画原理的な“モンタージュ”は、物語に依存しつつある意識を、感性と感受性に引き戻し、けたたましく警鐘を鳴らす。

物語の後半、その醜い姿を晒すことによって、漸く他者とのコミュニケーションを築き始めたエレファントマンは、日の光を浴び、大勢の前へと迎え入れられていく。人間性を確認されることで、エレファントマンの持つ内面と外見の矛盾が神格化され、上流階級の人々はこぞってそれを持て囃すようになる。

聡明で麗しき紳士、淑女の生活そのもののような、華やかで淀みなく当てられた照明は、醜悪な容姿とその作為性を主張し、画面一杯に展開する登場人物と豪華絢爛な装飾物とあいまって、物語の寓話性は一気に加速する。前半と異なってコントラストを失った映像は、相対的な効果によって焦点の曖昧さを導く。二元論的な構成の陰陽の映像から反転した白い世界は、良く見え過ぎるが故に、観る者により一層の集中力と緊張感を要求する。

特殊メイクによって固定されたエレファントマンの表情は如何なる状況でも動かず、その表情を読み取ることは果たして出来ない。それは物語の根幹を成す“他者を見て判断すること”への危険性を示唆し、また同時に、逆説的には既に我々が判断してしまった、あるいは無条件に判断を下してしまうキャラクター達の大いなる可能性を形成し、映画という枠を超えて登場人物により一層の深みを与える。

物語的な意味付けからしか人間性を想像することが出来ない、というテクニカルな必然性から与えられた主人公の存在が、光が陰を為すような相関性を想像力の中に閉じ込めることに成功し、この「真実に基づいた」寓話は、神秘的な“イマージュ”が織り成す“モンタージュ”の無限性そのもののように、一元的な捉え方を拒絶し、深き人間論を我々に提示する。



配給 ザジフィルムス
http://www.zaziefilms.com
posted by 井川広太郎 at 23:19| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | REVIEW | 更新情報をチェックする

2004年08月04日

訃報 渡辺文雄さん死去

大島渚監督作品やテレビの「連想ゲーム」などで活躍した個性派俳優の渡辺文雄(わたなべ・ふみお)さんが4日午前1時47分、急性呼吸不全のため東京都港区の病院で死去した。

watanabefumio

個人的には矢張り、「日本の夜と霧」(1960/大島渚)が忘れられません。
思想闘争がそのまま映画になったようなエネルギーに満ちた作品でした。
あの時点での日本映画が、世界最高の力を持っていたという証明のような作品。
フランス・ヌーベルバーグの先を行っていた。

渡辺文雄さんはその中で、カメラに対峙するというのはどういうことなのか、その緊張感を持って映画的体験の中に示唆していたと思います。
狭く薄汚れたACTセイゲイシアターで毎週の様に大島渚作品を観て、本当に沢山のことを学ばせて頂きました。

心よりご冥福をお祈り致します。


posted by 井川広太郎 at 20:23| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2004年08月03日

ナビゲイター

FLIGHT OF THE NAVIGATOR(1986/Randal Kleiser)

@TV東京 午後のロードショー
http://www.tv-tokyo.co.jp/telecine/oa_afr_load/index.html

20年ほど前、友達とロッキー4を観に行ったら併映でやっていた。
あんまり懐かしいので観てしまった。

以前は気付かなかったけど、これって子供向け映画なんですね。
SFテイストの御伽噺で、結構泣けました。

設定とか、ストーリーテリングとか無茶苦茶なんだけど、家族って大事だろ!とかいうラストシーンが胸に来ちゃいました。お涙頂戴モノに弱いんで。


作品紹介HP http://www.funaient.co.jp/movies/liblary/sf/navigator.html

flight.jpg
posted by 井川広太郎 at 16:25| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2004年08月01日

フリマ

BATMAN

新宿中央公園のフリーマーケットに行く。
しっかし、暑い。
出店者はパラソル持ち込んだり、日傘ささしたり、帽子かぶったり、色々な方法で熱中症対策をしていた。
白い布と服を掛けるハンガーラックで簡単なテントを張っているところもあった。

で、写真は買ってきたバットマンのKUBRICK。
posted by 井川広太郎 at 19:48| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする