2006年01月31日

青春そのもの

俺の浪人生活は初恋と共に合った。勉強と恋愛。

浪人したての頃、小論文の講師が「人が本気で頑張るのなんて恋している時か受験の時だけだから」みたいなことを言っていた。

入塾したてだった俺は勉強も頑張り、そして恋もしていたので、そうか!と妙に納得した。

今となっては、そんなに人生経験少ないなんてその講師は如何に体たらくな人生を送ってきたかと疑うが、実際、恋愛と受験は本気で頑張るものであるのは違いなく、またこの二つは頗る相性が良く、さらに似ている点も多い。

自分勝手に目標を設定して、しかもその目標を達成した後のことをろくに想定出来ていなくて、その上でどうやら人に理不尽な評価をされる競争であるらしい。

恋愛や受験に関しては、こちら側が一方的に望んだという点で既に惨めさが決定している。他の選択肢なんて幾らでもあるし、止められるぐらいなら今すぐ止めたいのは山々なのだが、そもそも望んだからこそ、そういうシュチュエーションに至り、また、そう望むことこそがその全てなのである。

だから、浪人時代に恋愛するって言うのは至極自然な流れのようにも思う。

要するに受験と恋愛は視野が狭いのだ。狭いからこそ熱中出来るし、迷いなんて無くなるし、だからこそ頑張れる。

善し悪しとかではなくてそういった経験はなかなか貴重で、それを(合否ではなく)乗り越えてこそ、初めて開ける世界もある。

そう、俺が受験生や恋愛している奴らにやたらと感情移入するのは、俺も同じように映画に燃えているからなんだぜ。

つーわけで、頑張れ受験生!


ところで、浪人同志で付合ってるカップルって本当に高い確率で、女子だけが合格して、二浪が決定した男子と別れる。

あと、大学生同志で付合ってるカップルって本当に高い確率で、必ず女子だけが就職成功して、就職に失敗した男子と別れる。

その時分の女子って背伸びしたがる現実主義者が多く、男子の多くは幼いロマンチストだ。


で、俺はベラ・バラージュを読んで以来、筋金入りのロマンチスト。

因に、最近のキーワードはメルヘニスト。
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2006年01月29日

10年か

新聞を読んでいたら”飛行機ごと10年後にタイムスリップする“という趣向のTVドラマの話が載っていた。

で、自分の10年前を思い出してみる。

1996年01月、俺は19歳(!)で浪人生であった。

センター試験も終わり、今更ジタバタしても仕方ないと腹をくくって、塾の講師と毎日のように遊んでいた。

俺はセンター試験などのマークシート(とか暗記もの)が非常に苦手だったので、12月だけは詰め込むように勉強した。一生で最も勉強したのは間違いなく95年の12月だ。っつーか、それ以降は全く勉強してないしな。

で、それを何とかクリアしたので、もう志望校に受かるという妙な確信があった。それには一応、俺なりの計算があって、それはつまり、俺の志望校は国立大学だったので科目は概ね筆記や論述で、現代文や日本史は実際得意だったし今更勉強する必要も無い一方、英語が頗る苦手だったので付け焼き刃したところで到底及ばないのでこの際無視を決め込み、後は得意の数学で稼げばまあ受かるだろうという、とてつもなくいい加減な勘定であった。

で、実際の試験では、論述科目は完璧、英語は予想通り論外、ときて、最後の科目が数学だった。俺が受けた大学では数学は記述方式で全5問。2問完答がボーダーライン、3問完答すれば合格ラインと言われているので、俺は最低3問がノルマ。
で、試験開始と同時にさらっと全5問に目を通す。そうして、それぞれの問題の難易度を見て取り、時間配分や優先順位を付けるのが鉄則なのだが、何と、一問も解けそうにない!焦れば焦る程、時間を浪費し、刻々と時は過ぎてゆく。そして一問も解き始めること無く、試験時間の半分が過ぎた。
もう駄目だ・・・ 俺は諦めて鉛筆を置き、自分の人生を省み始めた。来年も浪人するのか。それは多分無理。っつーか俺って勉強向いてないし。かと言って他に取り柄がある訳じゃないし。どうしよう・・・
で、絶望のどん底まで行ってきた俺は豪快に開き直る。どうせ駄目なら闘ってから死ぬべ。あと1時間、どうせこの席に拘束されるなら暇つぶしにでも頑張ってみるか!その方が諦めもつくし!
と、猛烈にネガティブなモチベーションで燃え上がる俺。で、残りの半分弱の時間で全5問を解いた。

というのは「頑張れ受験生!」的な脱線であって、丁度10年前の俺は、その後に上記のようなメイクドラマが待ち構えていることも知らずに、勉強するフリしてこっそり映画なんて観てるお気楽な奴であった。

そのお気楽さも、実は猛烈なプレッシャーに打ち負けない為の方法論であって、必ず合格したる!という気合いは十分だし、その為の準備もしてきたし、言わば戦場に赴く為の腹ごしらえをしている状態であった。

というのも、中高と落第生として過ごした俺は、半ば意図的に浪人し勉強したのだが、同時にお約束通り初恋に落ち、見事に玉砕し、もう兎に角大学に受かってどこかに逃げ去るしか行き場の無い精神状態だったのである。
勿論、その頃は、まさか自分が、通学初日で大学に見切りをつけ、映画にハマり、中退して映像で飯喰うような人間になるとは夢にも思っていなかったから、まあ「とりあえず大学に行く」以外のビジョンは描けなかったのだ。


なんか短く書こうと思ったら長くなっちゃったけど、要するに言いたいことは、10年前と今と気持ち悪い程似ているなってこと。


やってどうなるかなんて分からない。

でも、やるしかないのだろう?
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2006年01月27日

commit

ご無沙汰なのです。
皆様、ご機嫌如何でしょうか。

俺はここ数日、煙草を買いに行く以外は概ね家に籠り、編集をしていました。


で、今日は『東京失格』の音楽を担当するエディと打ち会わせ。

やっぱ仕事でも人と会うのは良いね!つーか必要なことだね!


いま『東京失格』の編集作業は大詰め。

「ポスプロ部隊」と打ち合わせしつつ、作業を平行して行っている。

「ポスプロ部隊」は各人が個性的なクリエイターなので、それぞれの意思もスタイルもリズムもあり、単純にスケ通りってわけにはいかないのが難しい。

しかし、それは俺が望んだことでもあるし、それぞれの思い描いた『東京失格』が満足行く形になり、組み合わさった時、きっと、もっと良い作品になる。

現場とはまた違うスタンスでコラボレーション出来て行く感じが素敵。

映画的だなと思う。
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2006年01月22日

汚れちまった悲しみに

午前、知人のご家族が亡くなったので葬式に参列する。
最初にその報を受けた時、なんて声を掛けてあげれば良いのか分からなかった。
何か言ってあげたいのだが言葉が出ない。
なので、葬式に参列することにした。

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東京は久々の大雪。

以前、現場で青森出身者の人達と話した。
曰く、東京の方が寒いと。
青森では屋内から屋内の移動を殆ど車で済ますので、屋外を出歩くことが少ないのだそうだ。
なるほど。

我々の日常は、習慣や常識といった不文律に包まれ、本来とはまた別の形で認識されている物事が多い。
高野文子は「夜になると明るくなるねえ」と言った。

少し遠出して、ちょっと違う文化に触れるだけで物凄く新鮮だったりする。

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夜はドロシ〜ズカフェのライヴに行く。
流石に大雪で客足が遠のくのではと心配されたが結構入っていて驚いた。
まあ、雪の中、家に籠ってても仕方ないもんな。
ドロシ〜ズは相変わらずポップで最高!
ケンタと「どんなPV創ったらドロシ〜ズが売れるか」と延々と話し合う。
実現したら良いのにな。
posted by 井川広太郎 at 03:43| 東京 🌁| Comment(3) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2006年01月20日

カメラを持った男

俺は自分がオトクだと思う。

カメラを持っているが故、日常では出会い得ないような人とも出会え、話し合い、見知らぬ価値観や世界観、人生に触れることが出来る。

今日の撮影は、そういった意味で物凄く刺激的だった。

自分の好きな物事人ばかりを撮っていたいが、自分の好きな物事人しか撮れないケチな男にはなりたくない。


で、一方、今日仕事でミスった!という知人が何名かいた。

「ミスった」という認識は、既成のルーチンを軽く脱構築する効果があると思うので、それによって今まで気付かなかったようなことを知り得る機会だとも思う。

ので、ミスはやっぱりオトクな一面もあると思う。


俺はミスを恐れない強い男になりたい。
posted by 井川広太郎 at 01:43| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2006年01月19日

肩が痛いよ、アルバート。

右肩が痛い。ゴリゴリ鳴る。
いつも鳴るんだけど、いまは痛いの。

あと右腕の腱も痛い。

明日ロケなんだけどな。困ったな。

タフというよりいい加減そのもののような俺の肉体だが、何気に繊細な面も持ち合わせている。
撮影の時は、ちょっとしたブレも許されない正確さと早さと持久力が必要だし、何より集中力に支障を来すんで結構気を使う。
それでも、まあ、人よりは適当な方だとは思うが。

で、そんな俺の肩が痛いっつーのは甚だ遺憾。

原因は明確だ。PC。

家にいる時は飯を食っているか新聞か漫画を読んでいるか、あるいは風呂かトイレの時以外は、基本的にPCの前にいる。

編集は勿論だけど、それ以外にもネットやメールなど、仕事をする上でも無いと生きて行けない。

元来、記憶力が悪い俺は、ちょっとしたことも覚えられないし、そのくせ好奇心が旺盛なので知らないことは直ぐに調べないと気が済まない。
脳味噌の半分(記憶や記録)はPCに委ねていると言っても過言ではない。

(ネットに繋がった)PCの無い生活なんて考えられない。


で、今日は喪失感のお話。


俺がPCを使うようになったのなんて、大学生になってからだ。さらに本格的に使うようになったのは、ここ数年。しかし、最早、PCが無い生活なんて想像出来ない。

ケータイだってまだ、人生の3分の1しか使っていないのに、ケータイ無しじゃ待ち合わせもろくに出来なくなっている。

それまで無かったものに出会い、それに触れ、そしてそれに依存する。

なんつーのか、その出会いが新しい概念や価値観や行動、要するに生活を生み出して、それは言わば、それまでとは違う新しい自分で、決して元に戻ることなんて出来やしない。

仮にPCやケータイを捨てても、そういった“不自由さ”を味わうだけで、仮にその“不自由さ”に慣れたとしても、それは慣れただけであって体験した事実は消える訳じゃないし、概念としてのPCやケータイが無くなる訳じゃない。

そう、無くなる訳じゃないんだ。

家族も、友達も、恋人も、出会うまでは素知らぬ空の下、例え街ですれ違っても気にすることも無かったのに、出会い分かち合った瞬間に“何かがどこからか生まれ”、そしてそれは“どこにも行かずに在り続ける”。

人生とは言わば、そういった瞬間の集体であって、それは日々革新であって、常に成長し、変化し、一時だって忘れ得ない獲得と後悔の連蔵なのである。

ってゆーか、忘れられるわけないだろっ!馬鹿っ!


子供の頃から、一度生まれた感情は、一体どこに行くのか、気になって仕方が無かった。だけど今は、それにハッキリと自分のこの身体で応えることが出来るな。

だって、君!この文章を打っているのは、痛みに苦しむ俺の両腕なんだぜ!

多分ね。
posted by 井川広太郎 at 00:40| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2006年01月18日

ルー・サロメ/ダンサーの純情

今日は銀座でプレス試写を二本立てで観る。


ルー・サロメ 善悪の彼岸 ノーカット版』(1977/リリアーナ・カヴァーニ /配給:彩プロ)

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『愛の嵐』のリリアーナ・カヴァーニが送る官能の愛が再び―

19世紀後半、当時の精神、文化史に多大な影響を与えた女傑ルー・サロメ。 彼女と大哲学者ニーチェ、そして彼の弟子格であったパウル・レーとの愛と思想の妄執を描いた文芸エロス大作。 三位一体の共同生活が織り成す衝撃の愛の結末とは―。待望のイタリア語完全版がノーカットで遂に日本解禁!

2006年2月下旬より新宿K's cinema 他にてロードショー

予告編を偶然先に観ていて、あんまかなと期待しないで観たのだが、予想外に面白かった。
基本的には、一人の女性を巡る愛と性と(国家的な意味での)結婚を巡る話なので、女性の自立と性の解放と個人主義の確立に関する映画という風に売り出しているっぽいのだが、現代に上映するなら「やおい娘のメルヘン妄想」と言った方が受けると思う。
実際、それぐらいアナーキーな映画。内容もさることながら、大胆なシーン転換、長回しの後の高速カットバック、そして何より、口をあんぐり開けてしまう程にストレートな幻想シーン。
その余りに即物的な表現は、ギャグとして捉えて良いのか否か、試されているような緊張感を漂わせる。
ラストのドミニク・サンダのクローズアップは危うく泣きそうになる程の美しさ。回想のインサートが無く長回しだったら号泣してたな、俺。
監督が女性ということもあってか、エンディングで『ロスト・イン・トランスレーション』(2003/ソフィア・コッポラ)を思い出しました。



ダンサーの純情』(2005/パク・ヨンフン/配給:SPO)

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韓国で250万人が号泣した、見るものすべてを<人生の希望>へと導く感動の純愛ストーリー。傷ついた若い天才ダンサーと<この世で一番純真な天使>チェリンとの出会い・・・ダンスと純愛が導き出す2006年最高の感動エンタテインメント。

才能あふれるがゆえにライバルの策略によって、ダンスの道を断たれた若き天才ダンサー・ヨンセ。彼の前に現れたダンスも恋も知らない純真な<天使>チェリンとの出会いを通して愛と希望を取り戻していく…。『純愛中毒』でイ・ビョンホンと組み韓流ブームのきっかけを作った監督パク・ヨンフンが再び放つ感動の純愛ドラマ。愛とダンスが美しく調和する珠玉のラブストーリーがここに誕生した。

2006年ゴールデンウィーク、CINEMART六本木・シネリーブル池袋 ほかにて全国ロードショー

所謂“韓流”映画を初めて観た。
そうかっ!愛は果てしなく純粋なのか!根っから悪い奴の障害は善良な天使達の幸せへの踏み台なのか!白馬の王子様はいつか必ずやって来るのかっ!
プレス試写なので鑑賞しているのは映画評論家の先生方や、雑誌の記者や編集長など。そんなおじさまやおばさま達が人目を憚らずに泣いていました。なんか、カタルシスという言葉を少し理解した気がしました。
が一方、人身売買や偽装国際結婚などの、かなりダークな部分が物語のベースになってもいる。だからこそ、こんな楽天的な作品が生まれ得るんだなと、少し納得した。そういう意味じゃ1997に肉薄し続けた香港映画に近いものがある。どちらにしろ、日本映画には無い文脈。侮れないな。“韓流”。
あと、主演の男性が椎名桔平さんにソックリ。あとあと、その椎名桔平さんの弟分役の人が千原浩史さんにソックリ。で、その千原浩史さんのパートナー役の娘がめちゃめちゃ可愛かった。
ところで『Shall we ダンス?』(1996/周防正行)でもそうだったが、“社交ダンス”(正式にはボールルームダンスと言うらしい)のスポーツ性が垣間見えて面白かったです。そう言えば、西野まりちゃんは元気かしら。
この映画、ヒットすると思う。


まあ、そんなこんなで“愛”について両極端な作品を2本観た日でした。
posted by 井川広太郎 at 00:28| 東京 ☁| Comment(3) | TrackBack(1) | REVIEW | 更新情報をチェックする

2006年01月17日

ポカリとゼリー買って来て!

金曜13日 編集をガリガリする。打ち合わせ。
土曜14日 風邪を引いたようだ。編集をガリガリする。
日曜15日 編集をガリガリする。静養する。

で、月曜16日。
なんとか体調を戻し、ロケ。
危うく現場に不完全な状態で臨むところだった。
プロとしての最低条件は体調管理。
それが出来ないようじゃ遺憾、遺憾。

ところで先日、新聞に“動物園の猿にネギを食べさせていたら風邪が圧倒的に減った”というような記事が載っていた。
うそ〜ん。
posted by 井川広太郎 at 00:42| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2006年01月13日

スクリーン初め

昨日、2006年になって初めて劇場で映画を観る。

当初はとあるプレス試写に行こうと思っていたのだが、急遽、福島拓哉監督に誘われて、K'SCINEMAにて鑑賞。

THE FINAL CUT(2004/オマール・ナイーム)

人間の記憶と“記録としての映像”を巡るSFサスペンスで、低予算ながら巧みで飽きさせない脚本で、アメリカンテイスト満載の映画でした。

予備知識全く無しで見たのだが、タイトルも内容も映画色が強く、今年のスクリーン初めとしてはなかなか相応しい作品だったのではないかと二人してご満悦だったのだが、そんな我々に衝撃を与える事実が発覚。

監督・脚本はこれが長編映画デビューとなるレバノン出身のオマール・ナイーム(26歳)。

おいおい、マジかよ・・・

すげーよ、オマール君・・・

『THE FINAL CUT』もエンターテイメントとして完成しており、その枠に収まりきらない細かい設定や心理はザクザクと切っている。それらを一々突いて行けば“穴”と言えなくもないのだが、見終わってからの喉越しは、ストーリーが明確な分、スッキリ爽やかだったりする。

『東京失格』とは、スタンスからして全く違う映画。どっちが良いとかは思わないけど、結果が全ての世界で、卓越した脚本でしっかりと自分の世界観を表現出来ている技術と腕力を素直にスゴいと思う。これから何十年間どんな映画を何本も撮って行くのか。

因に、オマール・ナイームの脚本に惚れ込み彼を監督に仕上げたこの作品のプロデューサーは、インディペンデントの金字塔である『セックスと嘘とビデオテープ』(1989/スティーブン・ソダーバーグ)を世に送り出したニック・ウェクスラー。

なるほど。

やっぱ、アメリカ映画は奥が深い。
posted by 井川広太郎 at 16:18| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2006年01月10日

久々にフルコートでサッカー

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江戸川河川敷でサッカーをする。

フルコートでのサッカーは、多分、学生時代以来。

しかも9対9でのゲームだったので、めちゃめちゃシンドイ。

いや、俺、想像以上に動けなくなってた。

プレーのイメージは湧くんだけど、足がついて来ない。

悲しい色やね。

悔しいし、今年はいっぱいサッカーしたいな。
posted by 井川広太郎 at 00:04| 東京 ☀| Comment(9) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2006年01月08日

因に俺のPCの壁紙でもある

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この『東京失格』のメインビジュアルを見て、某氏がくれたメッセージ。

> カラっと晴れているのに曇って、雨が急に降ってやむから一瞬の曇り空。
> きっと、すぐ無くなってしまう儚い空なので好きなのかもしれません。
> そんな、儚い色をしていてきれいです。

すげえ・・・
なんで一枚でこんなに読み取れちゃうんだ・・・

このロケは2005年8月23日の12時から行われ、俺にとって、撮る前から思い入れのある大切なシーンの一つ。

で、上記メッセージは“現場にいたスタッフ、キャスト以外知り得ない”映画の物語的な側面にまで言及している。

いやあ、嬉しいなあ。

早く本編を観て欲しいから編集頑張ります!
posted by 井川広太郎 at 00:08| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 東京失格 | 更新情報をチェックする

2006年01月07日

粗忽長屋

一昨日、年賀状返しを済ます。
筆無精の俺は基本的に年賀状は下さった方にしか書かない。
でも今年はP-kraft特製の年賀状で勿論『東京失格』の画像入り。
あと、全員に俺直筆の犬のイラスト付き!
ちょっとお得だべ。
つーか今日も新たに年賀状が届く。
ありがとうございます。
返事書くから、もうちょい待ってね。

で、ふと、今年は年賀メールが異常に少ないことに気付く。
もしや・・・

数ヶ月ほったらかしにしていた旧アドレスをチェックすると、案の定、山のようにメールが届いている。
これは遺憾!

ってゆーか、俺自身が一通も年賀メールを出していない!
これは由々しき事態だ。

というわけで、一昨日から昨日にかけて、とりあえず200通ぐらい年賀メールを出す。

何やってんだ、俺。
正月惚けってやつですかね。
違うか。
posted by 井川広太郎 at 15:44| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2006年01月05日

今年はやるぜ

まずは生活を取り戻そう。

昨年の夏から自炊を全くしなくなっていたが、今年に入ってから復活した。

毎日外食なんて贅沢なことを出来る身分では無いのだが、精神的に甚だ消耗し、また残った精力を編集に捧げていた為、何しろ自炊する気になんてなれなかった。

念の為に言っておくが、俺は一人暮らし歴10年なのに、未だに恥ずかしいほど料理が出来ない。

“趣味で寿司を握る”という話がどいうわけか拡大解釈され、一部で料理が得意というイメージが定着しているが、全くの下手っぴです。

人に振る舞える程料理が出来る人って、男でも女でもカッコいいと思う。

美味いかどうかは別にして唯一話題に出来る手料理である寿司ももう止めたしな。もう、やんないからね。

ま、ともあれ自炊復活。

で、手始めに、前から欲しかった“陶器の炊飯鍋”を買う。

あの電気炊飯機ってやつがどうも苦手で。メンドイじゃん。丸洗い出来ないから洗うの大変だし。なんか好きになれなかった。

で、炊飯鍋は直火で炊くのだが、陶器なんで勿論丸洗い出来るし、そのまま食卓にも乗せられる。

単にアンチ電気炊飯機で買ったのだが、実際に炊いてみると、信じられないほどご飯が美味い!

いままで食べていたご飯とは比べ物にならない。米の旨味が満ち溢れ、おかず無くてもご飯何杯でもいけちゃうほど。

炊く時間は電気炊飯機と大して変わらないし、確かに火加減の面倒を見るのに多少手間が掛るが、それでもこちらの方が圧倒的に良い。

ご飯炊くこと自体が楽しいし、その上で美味いし、洗うのも簡単。

なんで今まで電気炊飯機を使っていたのかが不思議で仕方が無い。

いや、本当は不思議なんかじゃない。

単純に知らなかったからだ。

知らないだけなのだ。

きっと世の中には、こういったことが満ち溢れている。

それが、俺が映画を撮るモチベーションの一つなんだな。

平たく言うと概ね Ignorance is the seed of violence! ってことだ。
posted by 井川広太郎 at 22:15| 東京 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2006年01月01日

今年は更に武者震う

明けまして御目出度う御座居ます。

去年は生涯でも最大級の衝撃的な出来事に幾つも出会えました。

人生最悪の体験もしたし、人生最高の日々も過ごしました。

その度に、自分の至らなさ、愚かさ、未熟さを思い知らされましたが、そのお陰で今まで以上に向上心、闘争心、そしてリベンジ魂を思い出しました。

思えば去年を迎えるにあたっては、「『東京失格』を撮る!」という決意は揺るがないものの、期待と不安と興奮とで武者震いしていました。

なんとかその目標は達成したものの、今年はそれを上回る、10年間の悲願を実現する年です。

2006年の抱負は、『東京失格』劇場公開すること。


もっと心を広く持って、もっと色々経験して、もっと努力して、良い映画を届けたい。

昨年も数多くの人に出会えました。

これからも、多くの人に出会いたいです。

今年も宜しくお願い致します。
posted by 井川広太郎 at 20:03| 東京 ☀| Comment(18) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする