2009年02月21日

太陽のかけら

太陽のかけら』2007年/メキシコ/80分/原題:Deficit/配給:アット エンタテインメント

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『モーターサイクル・ダイアリーズ』『バッド・エデュケーション』『ブラインドネス』などの出演作が世界的に評価され、数々の才能ある監督に熱烈に出演をオファーされながらも、ハリウッドに移住せず、あくまでも愛する故郷メキシコをベースに活動を続けるベルナルは、初監督作を製作するにあたっても、気負いなくそのスタイルを貫いた。普段の自分たちの生活をまるで映像に記録するかのように撮影された映像は、まるでベルナルの日常の風景やベルナルの素顔を映し出していくようである。きらめく昼下がりのプールサイドでのパーティー。気の置けない友人たちとの冗談だらけの会話やケンカ。好みの女性を見るとすぐに夢中になるラテン男性ならではの口説き方。しかしながら、物語はやがて展開し、ある事件によって、浮き彫りになる社会問題は、ベルナルが愛してやまない故郷で常に感じている社会の矛盾である。

  輝く夏の午後、若者たちの無邪気な戯れがある事件を引き起こし、
  メキシコの格差社会という光と影を浮き彫りにする。

ある夏の午後、メキシコの有力政治家の息子であるクリストバルは、妹エリサと共に彼らの別荘に互いの友人を招いてパーティーを開いた。クリストバルは友人が連れて来た美しいアルゼンチン人のドロレスにひと目で恋に落ちる。パーティーは盛り上がりを見せ、ドロレスとの関係も進展していく一方で、クリストバルと庭師アダンの確執が露わになる。彼らは小さい頃を共にした幼馴染なのだが、今では雇い主と庭師の関係となり、アダンはパーティーに入りたくてもクリストバルはそれを許さなかった。
そしてパーティーは予期せぬ最悪の事件により一変する―

監督・出演:ガエル・ガルシア・ベルナル
出演:カミラ・ソディ/ルス・シプリオタ/テノッチ・ウエルタ

作品公式サイト http://www.gael.jp/

2009年4月初旬、新宿バルト9にて公開


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posted by 井川広太郎 at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | REVIEW | 更新情報をチェックする

2009年02月20日

三十にして惑々

「子曰、吾十有五而志於学。三十而立。四十而不惑。五十而知天命。六十而耳順。七十而従心所欲不踰矩。」(論語、為政第二)

論語である。意味とか訳とかは本文にあまり関係がないから端折る。

この有名な論語の一節で、15歳は「志学(しがく)」、30歳は「而立(じりつ)」、40歳は「不惑(ふわく)」、50歳は「知命(ちめい)」、60歳は「耳順(じじゅん)」、70歳は「従心(じゅうしん)」などと言ったりするそうだ。

中でも40歳の「不惑」は、「四十にして不惑、今年で40歳と不惑の歳をむかえ」っていうアレである。

この俺が40歳になることを少しずつリアルに捉え始めているということが何よりもショッキングなのだが、ともかく40歳になると「不惑」なんだそうだ、孔子的には。

ここで言う「不惑」とは「惑わず」、つまり心に迷いがなくなるってことらしい。すごいね。迷いが無くなっちゃうんだって。信じられない。

まあ、でだ、40歳になったら迷いが無くなるってのなら、30代のうちは迷っててもいいじゃないか、というポジティブ・テンションで自分を励ましてみる。

つまり、「三十にして惑々」。  image/lostintokyo-2009-02-20T00:11:57-1.jpg

「30歳にしてわくわく」である。 

因に「わくわく」の語源は「(水が)湧く湧く」が定説らしく、それもワクワク感を上手く表現していて中々いい感じだが、惑々もかなりイケテルと思う。

惑々。

三十而惑々。

lost in tokyo、Lost in Blog、まさに「三十にして惑々」である。

なんかスゲー自由に心が動く感じ。

惑い、迷い、彷徨い、すれ違い、めぐりあうのか。

そんなわけで、三十二歳でありながらわくわくしている、俺。
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2009年02月19日

かたわらにひとなきがごとし

こんにちは。 arrogant_033.jpg
先日、喫茶店で独りでお茶をしている時に、ふと足下に気配を感じました。
ハッとテーブルの下を覗き込むと、いつの間にか俺の足の先に女性がしゃがみ込んでいるではありませんか。
一体、彼女は何をしているのだろうかと見ていると、なるほど、テーブルの下にあるコンセントにケータイ電話の充電器を差し込もうとしているようです。
合点はいったものの、まるで納得はできません。
なんで、テーブルの下に入る前に一言、声を掛けてくれなかったのか。
と思っていたら彼女が振り返り、目が合いました。
しかし、彼女は俺には全く気付かない素振りで、再び充電器を差し込む作業に戻り、見事に任務を遂行すると、そそくさとその場を去っていきました。
要するに、彼女には俺の存在が全く認識されていなかったということでしょうか。
納得はしましたが、まるで合点がいきません。
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2009年02月17日

なかよくけんかしな

二十数年前、TVアニメ『トムとジェリー』をドキムネしながら見ていた。

子供だった俺はTVの前でその主題歌を一緒に歌いつつ、「仲良いなら喧嘩するなよ、どっちだよ」と毎度のように心の中で、あるいは口に出して突っ込んでいた。

それから、ようやく今になって、仲良く喧嘩することこそが一番大事なことなのだと気付き、身につまされる思いなのである。

とはいえ、大好きで楽しみでゲラゲラ笑って見ていたアニメのハズなのだが一方で、主題歌とは裏腹に、なんで彼らはお互いにこんなにヒドい仕打ちをし合うのだろうかこれは最早、喧嘩の域を越えているではないか心も体も共に傷つき憎しみが生まれてしまうではないか、と二十数年前の俺は不安で心配でハラハラしていた。

それ以外にも、ボンヤリと思い出すと、人間が殆ど出て来ないこととか、カメラが超ローアングルで多くの人間は足とか胸ぐらいまでしか写らないこととか、子供心に不思議だし興味深かった。

台詞があったのか無かったのかは思い出せないが、台詞があってもなくてもどーでもいいぐらいに洗練された映像で作られたドタバタ劇であったことはハッキリと覚えている。

今更だけど、子供時代の無自覚な時にどういう映像を見ていたのかは、人生に大きく影響してくることなんだろうと思う。

で、その『トムとジェリー』は来年、本国アメリカで実写映像とCGキャラクターの合成で実写映画化するらしい。

そのニュースはともかく、「実写映像とCGキャラクターの合成で実写映画化」っておかしな日本語だと思う。

なかよくけんかするのよりも難しそうだ。
posted by 井川広太郎 at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2009年02月15日

Bloc Party in May

こんにちは。
今日は、5月16日に新木場スタジオコーストで行われるBLOC PARTYのgigのticketをgetしました。

音楽のチケットを買うのって、不慣れでなんだか難しそうでドキドキしちゃうんだけど、無事に買うことが出来て一安心です。

5月ってどんだけ未来なんだよ!って感じなのですが、今から楽しみにしときますです。

ところでこのBLOC PARTY JAPAN TOUR 2009は、BLOC PARTYの公式サイト(英語)のGIGS 2009ってスケジュール一覧では見つけられなかったんだけど、どういうことかね。

俺の見間違いか勘違いか、まあ、別にいいんだけど。
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2009年02月14日

ダイアナの選択

ダイアナの選択 原題:THE LIFE BEFORE HER EYES/2008年/アメリカ映画/90分/配給:デスペラード、日活

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監督:ヴァディム・パールマン
キャスト:ユマ・サーマン、エヴァン・レイチェル・ウッド

公式サイト http://www.diana-sentaku.com/

3月シネスイッチ銀座他全国順次ロードショー
posted by 井川広太郎 at 22:49| Comment(0) | TrackBack(1) | REVIEW | 更新情報をチェックする

2009年02月09日

カサヴェテスの夜

こんにちは。
昨晩は友人に誘われ、西荻窪にあるCOFFEE&EAT INN tokiにて開催されたA night of John Cassavetes vol.4に行ってきました。

tokiには初めて行ったのですが、まず閑静な住宅街の中にひょっこりとある隠れ家っぽさが素敵すぎ。
「古き良きカフェの趣」との噂にたぐわぬ店内には、所狭しとカサヴェテス映画のポスターが飾られていたのですが、普段から色々なポスターを展示、販売しているようです。

カサヴェテスの命日である2月3日にあわせて開催されるこのイベント、四回目の今年は、ゲストの諏訪敦彦監督が、映画プロデューサーでswitchのジョンカサヴェテス特集号を編集した松田広子さんと対談する形式で進行していきました。

満員御礼の観客の多くが若い男女で、カサヴェテスを好きな人は矢張り絶えないのだなあと感動。

イベントは23時ぐらいに終わり、その後は新宿に移動、カサヴェテスの夜っていうぐらいだから朝まで痛飲。
posted by 井川広太郎 at 20:14| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2009年02月05日

書いてみた

というわけで、書いてみた。
最初は「東京失格」とか書いてみたのだが、四文字となると格段に難しくて俺の手には負えない。
なので「書」の一文字にしてみた。
しかし、これも何十と試し書いても、全く上手く書けない。
改めて奥の深さと己の未熟さを味わったのである。
納得がいくものを書こうと思うと本当に幾ら書いても終えないので、とりあえず適当に幾つか拾い上げて恥を掻くついでに曝してみた。


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これは我ながらヒドい


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俺は向いていないのかもしれない


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この中では一番綺麗だがよく見ると何とも不細工であり、しかも面白味も無い


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勢いをつけて誤摩化してみたがバランスの悪さは隠せない


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前半の集中力を後半まで維持できないのである


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これも後半乱れておるが、この中ではこれが一番まともな気もする



以上である。
しかし、自分の字の下手さに向かい合うというのも中々興味深い。
ちょっと見ただけでは何となく上手そうに見えたり、また逆にじっと見ていると味わいが生まれてくるものもあり、それが何か自分自身と向き合っているような気もしてくるのだが、それはやはり俺の独りの愉しみであって、何れにしろ書かれたものは人様にお見せできるような代物ではない。
実際にやってみて分かったことは、道が険しいということのみである。
笑うなら笑え、ご指摘など謙虚に受け止める所存だ。
ところで自分で書いてみて改めて、書道家が実際に書いている様を見てみたいなあと思った。
posted by 井川広太郎 at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2009年02月03日

書道は良い。
何が良いってカッコイイ。
表意文字とさらに表音文字、併せて数万の文字を持つ言語を母語に生まれて、書をしないなんて勿体が無いとすら思う。
いや、俺はまだ書を始めた訳じゃないんだけどさ。

子供の頃、大人が書にハマっていたりするのを見たり聞いたりする度に、なんであんなものに熱中するんだろうかと俺は思っていた。
いまは断じて分かる。
書は良い。
誰にでも簡単に出来るのが、また、すごく良い。
今なら、書には宇宙があるとか言われても断然信じちゃう。

PCやらケータイやらで文字を間接的に書いたり読んだり見たりする割合が決定的に高まったことも、近年の書のブームの要因なのだろうか。
ほんのちょっとで見た目が大きく変わるフォントや、未だに機械では判別が難しい文字の画像認証なんかで、感覚的にも文字の奥深さを知り、それで書の世界に興味を持つようになるのかもしれない。

書には、意味や音だけではなく、それらを成立させる為のデザイン、記号論、言語論、コンセンサス、ギャップなどなど、ありとあらゆる社会性と芸術が詰まっている。ような気がする。
よく分からないんだけど、いつか書に行き着くような気がするし、趣味として始めたら一生やり続けちゃうだろう魅力が渦巻いている。

『とめはねっ! 鈴里高校書道部』という河合克敏の漫画がビッグコミックスピリッツで連載中であるが、これも中々面白い。
全く書道の経験がない帰国子女の主人公が、ひょんなことから廃部寸前の書道部に唯一の男子部員として入り、だんだんと書道の魅力にハマっていくというスポコン的なストーリーで文化部的なコメディなのだが、書道の実際をノウハウ的に学んでいく過程と、恋愛やら対決やら青春ストーリーがマッチしている。
これなんか映画原作に向いてるんじゃないかなあ。

書は、書き上がったものと同様に、書くという過程がまた美しく、極めて映画的だったりする。
文字を書く(描く)というシーンやカットは、それこそ言語や時代や文化を越えて無数にあり、どれも必然的に素晴らしく美しいのなのだが、その中でも書の格好良さと言ったらまた格別である。
アルファベットしか知らない外人でもあれだけ漢字というデザインを好んでいるわけだから、その過程、漢字を書くという姿を目撃したら、誰でもそりゃあ興奮するに決まってる。
うおおお!なんか意味分からないけど、物凄くカッコいい!みたいな。
それこそ表意文字の底力が発揮されまくるのである。
書道そのものをテーマにしたもっとポップな映画とか、もっといっぱいあってもいいと思う。

書道家もカッコイイ。
和服でいかにも哲学者っぽい髭のジジイもカッコいいし、一見すると普通なのだがサッと懐から書道具を取り出す女流書道家なんてのもカッコいいし、それはないべ!みたいなバカデカイ筆を背負っているのもカッコイイ。
そういえば、リー・リンチェイの『阿羅漢』の書道対決のシーンとか、軽く20年は観ていないはずだけどいまフッと思い出した。
馬鹿馬鹿しくてカッコ良かったなあ。
ああいうの、良いな。

そんなこんなで、ここでササッと書を書いて画像を添付してみせたりしてみせたら、カッコいいのになあ。と思う。
それこそ、毎日、書を一筆書いているblogとかありそうだ。

俺も、書きたい。
posted by 井川広太郎 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする

2009年02月01日

俺達の

こんにちは。
今日、ベルマーレはフィンランド代表との練習試合を1-0で勝利しました。
前後半で選手を全員入れ替えるという飽くまでテストの色合いが強いゲームでしたが、予想通り3トップの布陣で臨み、反町新監督の目指す攻撃的なスタイルがハッキリと表れていて、若手や新人も活躍し、同時に現時点での問題点にも改めて気付けたということも含めて、シーズンに期待が持てる内容でした。
開幕が待ち遠しい!

で、昨日は98年のフランスワールドカップに行った時に同じバスだった仲間たちとの飲み会でした。
10年以上前にたった一週間一緒に過ごしたというだけなのに、全体の半分以上の20名近くが集まり、割りと頻繁に会っている者も本当に久しぶりに会う者もいる中で、近況を話し合ったり、懐かしい思い出話をしたり、楽しく過ごしました。
今回はさらに、何人かが当時の写真や思い出の品を持ってきてくれたのですが、その中でも衝撃を受けたのがこれ。

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日本代表にとって史上初のW杯での試合となった98年フランス大会でのアルゼンチン戦。
当初はみんなで観戦する予定だったのですが、「チケット騒動」でチケットが足りなくなり、一部の人だけが観戦することになりました。
その時、観戦することになった人達を「俺達の代表」としてスタジアムに送り込もうということで、みんなでシャツに寄せ書きしたわけなのであります。
スタジアムでは観戦することが出来なくなってしまった俺が書いたメッセージが「遠くにあり、遠くにあり続けるものは、すべてロマンチックである」というハンガリーの映画理論家であるベラ・バラージュの『映画の精神』(1930)という本に出てくる大好きなフレーズ。
書いた当時は何のこっちゃ意味が分からないままカッコいいと思って書いたのだろうけど、10年経ってから見ると物凄く心に沁みてみたりします。
KAZUってのがまた気が利いています。
俺は自分がこんなすっ飛んだメッセージを書いていたことは完全に忘れてしまっていたのですが、このシャツを見て10年前の自分に再会したような気がして、嬉しいやら恥ずかしいやら懐かしいやら不思議な気持ちになりました。
いや、猛烈に恥ずかしい。
posted by 井川広太郎 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする