2014年10月31日

ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して

ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して』(原題:Jimmy P. Psychotherapy of a Plains Indian/2013年/フランス/配給:コピアポ・フィルム/上映時間117分)



監督アルノー・デプレシャン
原案ジョルジュ・ドゥブルー
出演ベニチオ・デル・トロ/マチュー・アマルリック/ジーナ・マッキー

オフィシャルサイト http://kokoronokakera.com/
2015年1月シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開


第二次世界大戦に参戦以降、原因不明の苦痛に悩まされるネイティブ・アメリカンと、彼に対話療法を施していく精神分析医との交流を描く、実話に基づく人間ドラマ。

デプレシャンの新作、傑作だった。

フランスの実在の心理学者ジョルジュ・ドゥブルーによるノンフィクション「夢の分析:或る平原インディアンの精神治療記録」を原案にしているとのこと。
その本の原題は「Reality and Dream」らしいのだが、この映画はまさに「現実と夢」を描いている。
描いている… のかどうか、むしろ、夢と現実そのもののようだった。

大半が、ネイティブ・アメリカンと精神分析医との夢分析をベースにした対話によって進んでいく。
語られる夢などの再現や回想も入るが、ほとんどが台詞で語られ、よもや退屈しそうなのだが、ところがどっこい、そこからゆっくりと本体がもたげてくる。

語っている二人と、語られている内容、次第にそれらがまどろむように解け合っていく。
おかしい、まさしく「現実と夢」の境界線が曖昧になっていくようであり、あるいは、どちらが現実であり、はたまた夢なのか、その違いが判断できなくなっていく。

そうか、前半のカットが足りないような居心地の悪い感覚、少し奇妙なポン寄り、そして時間軸が危ういジャンプカット、それら全てが緻密に計算された周到な罠だったのか。
ヤバいと気付いた頃には、時既に遅し、なのである。

そのボーダーレスな、境界を侵し続ける静かで力強い浸透圧は、安全な場所から映画を観ているはずの我々観客をも挑発してくる。
ただの会話劇のはずが、これこそ胡蝶の夢、自分が何を見ているのか、いま語られている地平はどこなのか、全ての予定調和が霧散して、夢の中で大地がぐらっと揺らぎ消えてしまうようなそんな不安に襲われる。
スクリーンに酔い痴れ、座席に溶け出してしまうような、そんな夢遊感にどっぷり浸かってしまう。

カウンセリングとかやってみたくはあるものの、実際に体験したことがないので仔細はよく分からないのだが、なにか、おっさん二人が汗流して話している姿がなぜか羨ましく見える。
思えば、二人の間で行われる心理療法が、まるで恋人たちの会話のようで、相手の無意識にまで入り込み、全てを曝け出させるという大胆かつ繊細で破廉恥なやり取りは、どこか淫靡な魅力に溢れている。

それだけに、医師とネイティブ・インディアンとが大袈裟な身振り手振りをも使ってなにか熱心に話し込んでいる滑稽な様子を、窓ガラス越しに見た医師の恋人が「彼らはなにを話しているんでしょうね」と眩しそうに微笑むシーンは、この映画を象徴している。
posted by 井川広太郎 at 20:28| Comment(0) | TrackBack(0) | REVIEW | 更新情報をチェックする