2008年08月01日

黄金町失格30

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上映おわたー
本当に沢山のご来場ありがとうございましたー

これから呑むぞー!
posted by 井川広太郎 at 18:35| Comment(6) | TrackBack(1) | 黄金町日誌2008 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
見ました4時30分の回。見終わって、私はおもいっきりどよよ〜ん、としてしまいました。
「元気をもらった」
という感想をいう方もいる、と監督さんは舞台挨拶で言ってましたが、この映画のどこから元気をもらえばいいのか、私にはわかりませんでした。

実はその前に弁士さんつきの「横浜港娘」を見て、その流れで、というか、「霧」をパスして新たにベティのチケットを買って「東京失格」を観た訳で。黄金町に来たのは活動弁士をリアルに見られるのものれで最後かも、と思ったからで・・・「東京失格」はまるきり「魔がさした」としか言いようのない出会いだったわけです。
「横浜娘」が何年前の映画か定かではありませんが、本当に、私たちは映画の黎明期から遠く遠くに来てしまったのですね。
「横浜娘」には、解決するべき問題があり、未来があり、より良い明日がありました。
「東京失格」には、戻りたくない現実だけが見えました。

大学卒業して10年。主人公のたっくんは、多分10年前とおんなじバイト、おんなじバンド、おんなじ髪型、おんなじ飲み屋でおんなじ友達とつるんでいる人。

こういうひと、わたしのまわりにもいっぱいいる。いつのまにかアタマ禿げてたりするし、Tシャツの脇のところが擦り切れてうす〜く透けてたりする。

何も変わらないし、自信もなんにもないし、これからどこにいくのかも、なにをするのかもわからない。

しっかりしてそうな恋人がいて、ちゃんとサラリーマンやってるもうひとりの子にしても、一生懸命生きてるつもりが、どこか一つ、大人になりきれない、っていうか、大人になってどうするのかがわからない。

司法浪人のエイジくんは死んじゃったけど、でもエイジ君と自分たちに、たいした違いがあるとは思えない。立ち止まって、じゃあ自分は何で生きているのか、何のために生きているのか、この先の目的地なんてあるのか?これからどうしたらいいのか・・・

すべてがもう思い切りわかんなくなってる感じがありありで、でもその答えなんて絶対どこにもなくて。

なんだか自分もあの飲み会にいて、やりきれない気持ちで帰途についた、そんな気がする帰り道でした。監督の前を通ったけど、声かける気にはならなかった。元気はまらうどころか、奪われたかんじでした。

でもちょっと立ち話くらいすればよかったかな?
Posted by Junko at 2008年08月01日 20:43
>Junkoさん
ご鑑賞ならびにコメントありがとうございます。
“ネタバレ”になってしまう部分があったの、一部編集させて頂いたことをご了承下さい。

私がこの作品をポジティブだと思う理由は、「現状を受け入れることは前進する足場になる」と考えるからです。
良いとか、駄目とか、誰が決めるのか分からないし、どこの誰にでもあり得る問題意識だと思います。
例えば、飲み会でたまたま同席した楽しそうに話している人も、家に帰れば他人には想像できないような悩みがあるのかもしれない。
傍から見れば羨ましいよう見えても、本人にとっては苦しみの方が大きいのかもしれない。
この映画の主人公達に間違いがあったのだとするならば、日々をやり過ごすことに頼りすぎ、彼ら自身の現状から目を背けていたことではないかと思います。
だから、少しずつ変化していく自分達と世界との軋轢が増す一方でも何も出来ないでいた。
例えば、エイジの死にも気付くことができず、しかし、それをキッカケに彼らは自分達の人生について精一杯に思いを巡らすことになる。
それで何かが良くなるというほどのことでもないのかもしれないですが、少なくとも自分の立ち位置を知ることで、これから駆け出すための足場であり、飛び上がるための土台となり得る現状を受け入れる、というところに至るのだと私は思っています。
そういう意味で、誤摩化しや目先の帳尻合わせを捨て、自分の現状を受け入れるということは非常に前向きなことだと思います。

例えば我々が言う”昔の映画“と言っても、それは昔に作られた映画のほんの一握りに過ぎないわけです。
俺は古い映画が好きでよく見ますが、それでも、その当時その時代に作られた映画のうちの例外的に現在にまで残っているものをほんの少し見ていることにしか過ぎない。
多分、我々が日常的に感じている過去というものは、そういった類なのではないかと思います。
だからうっかり美化したり、象徴化したりしてみたりしますが、実は当時は言うまでもなく、“現在”と同じくらいに複雑で色々な問題があったのだと思う。
未来も同じだと思います。

例えば俺は、ここ数年で次々と目標を達成してきました。
じゃあそれが満足や安心や自信になるのかと言えば、そんなことは全くない。
過去の自分から見れば成長したつもりでも、自分の前進と同じ速度で世界も広がっていて、むしろ次々に新しい環境に飛び込み、そこでの大変さを味わうだけです。
映画監督を志すという学生に「いつが一番辛かったか?」とよく聞かれますが、間違いなく今が一番辛いのです。
3年前までの俺はデビューすることが目標でしたが、2年前にデビューしたらもはやそんなことはどうでも良くなり、もっと熾烈な一人の映画監督としての闘いが始まるわけです。
その時、その時折の問題があるので、楽になるなんてことはこのままずっとないのかもしれない。
だけど、現状を受け入れることで、初めて自分を巡る環境である世界と融和して、前進することが出来るのかもしれない。
やりきれなさを抱えていても、何も解決しないのかもしれない。
少なくとも、現実から目を背けていたら僕らは前に進むことすら出来ない、ということに、この映画の主人公は気付くのです。

だから彼らはもう、お互いに甘えないのだと思います。
少なくとも、そうしようと努力を始める意志が彼らには芽生えた。
安易な解答、例えば「幸せ」とか「勝ち」とか「売れている」とか相対的な比較によって区別するなんてのは勿論、「親友」や「恋人」であるという括りすら、もはや彼らには言い訳にしか聞こえない。
なぜなら彼らは、「友人」だったらなぜエイジを分かってあげられなかったのかという罪悪感を一生背負うからです。
惰性の友人関係から、改めて人と人とが向かい合う関係性を一から築いていこう、築き続けていこうと、彼らは決意したのです。
これは、やはり、極めてポジティブなことだと思います。

映画を観て、人がどのように感じるかも、全く分かりません。
むしろ、色んな感じ方をする人がいるから面白いと私は考えています。
「違い」を怖れないためには、まず自分をそして他者を受け入れる必要があるのかもしれません。
それが僕らに出来るか否かはまだ分かりませんが、まず最初に自分と自分を巡る映画のコミュニケーションの始まりとしてこの映画を撮りました。

何分、話すことも書くことも苦手で、上手くお返事ができずに恐縮ですが、改めてご鑑賞ならびにコメントへのお礼に代えさせて頂きます。ありがとうございました。
Posted by 井川広太郎 at 2008年08月03日 16:17
ごていねいなコメントをありがとうございました。
うまく表現できなかったのですが、井川さんの今回撮られた映画を、私は非常にパーソナルに受け止めてしまったのだと思います。映画、というよりは、何か自分のなかにある、目をそらしたくなるようなもやもやしたものを、引きずり出されたような、そんな感情を、突き詰めてみたら、とても「不安」というか「不快」だったわけです。
 家に帰って息子に(息子は映画祭皆勤賞で何日か前に同じ映画を観ていました)感想を聞いたところ、黄金町映画祭史上もっとも明るい映画、と言ってもいいくらいだ、と言ってました。つまり井川さんの映画は、その映画を観た人の心象を映し出す鏡のような作用をするんじゃないでしょうか?

私は今かなり自分を見失っている、というか、生きる意味みたいなことを失っている状態なので、(なぜかはよくわかりません。たぶん年齢とか体調とか、まあそんなことかと思います)
あの映画に出てくる人たちの心情が、なんだかわかりすぎるくらいわかる、わかりたくないのにわかる、というところに落ちていったんだと思います。

つまり、うまくいえませんが、へんな言い方をするようですが、やっぱり、井川さんみたいに映画監督になってしまった人とか、俳優やってる人とか、なにかしら創作的な職業にありついて、成功するしないは別として、なんらかの志をもって真剣勝負で生きている人には、本当のところ、「普通の人」の絶望感なんてわかるわけない、と思って油断してみていたら、ホントにリアルに
「普通の人」のやりきれなさ、がこの映画では見事に見事に表現されていたように思ったので、それを見てとった私は「落ちた」わけです。

でも実際監督本人の思いを聞いてみると、おもしろいことに私がこの映画のなかで一番シンクロしてしまった
「なんでもない普通の人生にある日突然何の意味も見出せなくなって、すぐにでも終止符を打ちたくなったら、このさきどうやって生きていったらいいんだろう?」
という、自分のなかで、解決不能なのにも関わらず、重〜くのしかかっているテーマを、監督自身はあまり強く意識していなかったのですね。


私が「昔」の映画には「明日」があった、と言ったのは、「映画」そのもののことではなくて、「時代」のことを言っているのです。
「昔はよかった」みたいなことではないですよ。
いろいろ考えてる暇もなく、ただ毎日の生活に追われて必死に生きて、より良い明日を夢見ながら眠りにつけた時代が、ではいまより苦労が少ないか、といったら、そんなことはないでしょう。
でも余計なことを考えてる暇がないってことが、人をポジティブにする、ってこともまた事実。
そして、こんなにまで、「明るい未来」が描けない時代が過去にあったかどうか・・・過去に生きたことがないので断言はできませんが、今まで生きてきた中で、未来がこれほどまでに不透明かつ暗く感じたことは、少なくとも私の生きてきた時代の中では未だかつてありませんでした
 これは私の個人的感想、という範疇を超えた「今」の空気としてたしかにあるように思います。
そして「東京失格」は監督の意図したところかどうかはわからないですが、
「今」を生きる、とくに夢も野望もない普通の人たちが、次第に生きる喜びを見出せなくなって、すさんでいって、幸せを感じられなくなって自暴自棄になる「必然」がまざまざと描かれておりました。
そこに一縷の「希望」が見出せるとしたら、それはなんだったのでしょう?


Posted by Junko at 2008年08月06日 01:28
>Junkoさん
ご家族で鑑賞して下さったとは驚きました、ありがとうございます!

「なんでもない普通の人生にある日突然何の意味も見出せなくなって、すぐにでも終止符を打ちたくなったら、このさきどうやって生きていったらいいんだろう?」というのは、むしろ、この映画の出発点だったと思います。
実際、この映画はそういった一人の男の死から始まるわけですし。
だからこそ、取り残された男達が、先を越されたから仕方なく生き残る、生き続けるとしたらどういった可能性があるのか模索する物語とも言えます。
前にも書いた通り、彼らは「現状を受け入れる」というスタート地点を獲得することで前向きになることでこの映画は終わります。

時代の流れと同様、映画の対象はよりパーソナルなるかつ対象は無限に拡大し続けています。
技術や機材の向上により、極端にいえば誰にでも映画が撮れ、それを世界中に発信することが可能になっています。
そういった時代において、映画の対象も、より先鋭化し続けています。
昔なら消えていってしまったようなかよわい声を、いまは世界中で共有できる。
これは現在の映画が新たに持ち始めた魅力であり力です。

『東京失格』という映画も、私の個人的な体験から着想された極めてパーソナルな作品です。
が、上で述べたようなモチベーションの潜伏、「(いままで俺たちはダメダメだったけど)これから何かやったるぜ!」という野心的な意欲は、日本の同世代で共有している気持ちのようにも思っていました。
この映画は、そういった「これからやったる!」的な宣言としても自分では撮ったつもりでした。
さらに、その『東京失格』を海外の幾つかの都市で上映する度に、「日本だけじゃなく、俺たちの国でも同世代はそういった気持ちでいるぜ!」と本当に何度も言われました。
多分、そうなんだと思う。

俺が映画を撮る理由の一つは、日常のあれこれを感じ、思い、考えることが出来るからです。
言葉や文章では表現しきれない沢山が、映画の中だけでは結実する。
映画監督は何ら特別でもスゴくもないと思いますが、映画を創っている最中は、そういった日々の感じ、思い、考えるていることが一気にドバーッと出てくるような。
しかも映画の現場は、監督なんてたった一人に過ぎず、役者やスタッフや、街や世界が否応なく介入してくる。
勿論、それで完結するようなことであれば、この世から映画は無くなってしまう。
いやあ、このあたり、もう自分でもよく分かりません。

ただ、映画を構想するっていうのはただ机に向かっていう時間なんてほんのわずかで、それ以外の日常が何年も積み重なっているわけです。
そういう積み重ねの結晶として90分の映画が生まれるわけで、それを簡単に言葉に置き換えたり、短くまとめて言えたりはしません。
そんなことできたら、わざわざ映画なんて撮りません。

例えば上映後の質疑応答とか、質問されるから応えられるわけで、自分から言えることなんて大してありません。
逆に聞かれれば幾らでも話せる。
っつーか、聞かれて話すことで、自分の中でも思い出したり、整理されたりする。
こないだのフランスの映画祭では、やたらと理論やテクニカルなことを質問されたので、トークショーで2時間ぐらい話し続けていました。
91分の映画なのに!
でも、それでも足りない。

いまも、自分で何を書いているのか分からなくなってきました。
支離滅裂ですね。
なので終わります。

「希望」に関しては、自分の中ではある種の物語的な結論が出ています。
だから何ということではないんですが、いつか機会があればそれに関する映画も撮るでしょう。(東京失格もその映画の一つでありますが)
とりあえず、友達や、知り合いや、呑み仲間や、多くの人、沢山の文化や価値観、言語、音楽、そういった自分の枠の外側に触れることで世界は広がり、自分自身も相対化し、否応なく彷徨と漂流が続くのだと思います。
他者との出会いと別れ。
例えば知らない人とも気軽に挨拶し話すとか、そういったことなんじゃないかと思います。
『東京失格』の中で、不安になった主人公達は真っ先にこれを実践していたりしますが。
Posted by 井川広太郎 at 2008年08月06日 23:49
>知らない人とも気軽に挨拶し話す

これって本当に今の子供はできないみたいです。昔は(また昔昔って言うようですが)もう少し他者とは気軽にコミニケーションしてましたよね。最近は旧知の方にも電話ひとつできなくなりましたよ私。メールじゃないといきなり電話は失礼、みたいな感じってありません?

ところが、海外いくと、わりと普通に知らない人とも話しますよね?皆話しかけてくるし。
外国行くとよく
「その靴下はどこで買ったの?」
とか、意外な質問をされたりする。

>他者との出会いと別れ
これはものすごくよくわかります。
私たちは日々ありとあらゆる出会いを望んでいるよりはるかに早いペースで体験します。そしてそこからいろいろなことを学びます。だけどそれがものすごく恐ろしいことのように感じることが近頃あります。


私は当たり前ですが、出会ったすべてのひとのニーズには応えられないし、約束を簡単にして、簡単に破って人を傷つけ、その事実にすら気づかないこともある。私という存在自体が相手のマイナスの感情を喚起することすらある。それらすべてが、決して語られないまま空気中に浮遊しているのを痛いほど感じてしまうこともある。

年をとると、今まで幸せだと思ってたのは、ただ単に鈍感なだけだったのか・・・?と疑問に思うことがままあります。年齢とともに、人はかなり繊細な心持に変わってくるようです。


人と人との境界線がなくなる日はくるのでしょうか?
他者の幸福を、完全に自分の幸福として受け止められる日が、私にくることはあるのでしょうか?

そんなことを、よく考えます。
きっと暇なんだと思います。 



話を変えます。
息子は18歳で高校を卒業したばかり、夏休みを利用して友達二人で映画を撮っています。なんでも主人公役の子が合宿免許を取るとかで二週間も撮影休みだそうで、家でごろごろしてるのも落ち着かないから、ということで二人してパスポート買って黄金町通ってました。私は一日しか行ってないけど、彼らはほとんど全作品観たはず。
井川監督とも話してないけど、毎日顔合わせてたからなんとなく顔見知りっぽい、とか言ってた。

 奇妙な偶然ですが息子は9月から監督もいらしたことのあるバンクーバーの
例の巨大な大学に入学します。専攻はまだ決まってないけどたぶん創作をやるみたい。今回映画を撮るにあたっては、とにかくやることが多すぎて、関わる人がたくさんいすぎて、自分の表現したいところにきちんとフォーカスして進めるのが非常に難しい、と言ってました。
「なにしろファーストカットからいきなり妥協しなきゃならなかった。映画って大変。」
ですって。
本人は文筆をやりたくて、もうひとりは絵画専攻でNYのアートスクールにいくので、二人がつるんでいられるのはこの夏が最後です。

本来なら息子は文章を書くことが一番ラクで、表現しやすいし、友達の子は画をかくことが一番自由を感じる。そんな二人が共通の創作として選んだのが映画という手段でしたが・・・なにしろ役者(クラスメート)のスケジュールにさんざん振り回されてお手上げらしいです。

こんなことで挫折するなんて・・・と自虐的。

Posted by Junko at 2008年08月07日 01:43
>Junkoさん
映画作りは面白いものです。
息子さんにも頑張って下さいとお伝え下さい。
Posted by 井川広太郎 at 2008年08月07日 16:20
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