2008年10月12日

結婚とは何か

こんにちは。
今日は中高の同期の結婚パーティーでした。
素晴らしかったです。

今日のパーティーでの誰かのスピーチにもあったけど、やはり結婚というものの半分以上は本人たちではなく周りの人々のためにあると思う。
特にパーティーは、その場を切欠に人と人とが繋がりを温め、あるいは新たに作り、そういう豊かで和やかな広がりの真ん中に位置できるんだと思う。
位置すべきなんだと思う。
つまりはそれが、パーティーへの参加者への感謝の表れなんだと俺は思うわけだ。

例えば、そのパーティーで誰かと誰かが出会ったら、その出会いはかのパーティーでの時のものとしてそれぞれの人生に組み込まれ残るわけで、それこそが結婚する二人への何よりの祝福だと思う。

あるいは個人的には、今日のパーティーで高校卒業以来会っていなかった同期諸氏と再会できたことが非常に嬉しかった。
何分、一学年180人の小さな学校で中高6年間も一緒だったもんだから、10年ぶりに会ってもしばらく呑んでいると昔の感じが蘇ってくるのがこれまた痛快だった。

なので俺は、別に俺のために彼らが結婚したわけでもないのに、素直に「結婚してくれてありがとう」と思えた。

(拙作『東京失格』では、全く逆のケースでの、でも本質的には同じくポジティブな人と人との連環の生み出され方が描かれていると思う)

ともあれ、結婚パーティーという人が集う理由は最高に素敵だ。
無条件で愛でたい。
それがただ呑んだくれるだけであっても、問答無用に素晴らしいものである。

ひょっとしたら人間を人間たらしめているのは、人と人との繋がりをまさに有機的に再構築する結婚というイベントの存在なのかもしれないとさえ思いながら、むしろ親や家族や親族や友人やお世話になった方々に感謝するのなら、その証として結婚パーティーをすることこそが正しいような気もしてくる。

自分の存在が多くの人と人との繋がりの現在進行形での表れであるのは間違いなく、それを自身で表現し還元し生産し、あるいは恩返しとも言えるし、むしろ個人の判断なんかではなく人の営みとしてすべきことなのかもしれない。

いや、良く分からないのだが、そんな気もする。
ちょっくら数十年ぐらいかかってしまうかもしれないが、それについてこれから考えてみることにする。
そういえば、まさにそれに関する映画の企画を俺は持っていたような気もする。
どうやら、もっと取材と考察と検証をしなければならないな。

なので皆さん、さっさと結婚して下さい。
親や家族や親族や友人やお世話になった方々に感謝しているのなら、結婚パーティーをして下さい。
めでたいことを、してあげて下さい。

ところで滅多にスーツというものを着ない俺は、今日一日スーツを着ているというだけでえらくくたびれた。
もう、当分の間はスーツを着たくないです。
次の結婚パーティーにはジーパンで行くことにします。
posted by 井川広太郎 at 22:19| Comment(2) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
素敵なパーリーだったようで!
僕らのパーリーもそんな和やかな感じにしたいです。

そしてだれかがまた出会ったらハッピー!

感謝と出会いのために精一杯準備しまーす。
Posted by やしー at 2008年10月13日 00:49
やしー
やっしーなら最高のPartyに出来るさ。
Party映画に参加した、やれば出来る子なんだから。
ところでさ、結婚式で男女が出会うって都市伝説はどうなのさ。
都市伝説っていうかデマゴーグだよな、ほとんど。
俺なんか32年間、その嘘に騙されっぱなしだよ。
嘘なんかじゃないっていうなら、証明してみせろよ。
やしーのpartyで証明してみせろよっ!
証明して下さい!お願い致します!
Posted by 井川広太郎 at 2008年10月13日 00:59
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