2005年07月01日

東京失格撮影日誌 1200

2004年12月某日

脚本の執筆が進まない。

『東京失格』を書こうとして最初に手をつけた作業は、過去の自分の脚本を読み返すことだった。

映画化するともりは無いものの、長編劇映画の脚本を練習の為、およびネタをストックする為に書き溜めていたのだ。

その数十本の脚本を数年振りに読み返す。ツマラなかった。

俺が撮ろうとしているのは、多分、こういう映画ではないということだけは分かった。

しかし、いま俺が『東京失格』を撮ろうとしているモチベーションと物語を紡ぐことは、あまりにも掛け離れているかのように思えた。

では、『東京失格』とは何なのか。

どうすれば良いのか分からなくなって、何も書けなくなる。

俺は漫然と、自分の今と、それを創り出してきた過去と、来るべき未来のこと。それらに思いを馳せた。

数日間、ただ悶々と悩み、全ての感覚が現実から乖離したようであった。夜が来ると「ああ、夜か」と思い、目が覚めると「朝が来たのか」と思った。それだけの日々であった。

12月の終わりになって、焦り始める。取り敢えず何か書かなければ始まらないと思った。

そう、“どうやら今のままじゃ駄目だと俺は思っている”ことに気付いた。

それが『東京失格』なんだなと理解した。

そうして俺は、いまある思いの丈を感情的に書いてみた。

800字程度の“そのメモ”は、シナリオともプロットともシノプシスとも呼べぬ、ただの独白に過ぎなかった。

だが、それが『東京失格』の骨子であることを俺は確信した。
posted by 井川広太郎 at 14:30| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京失格 | 更新情報をチェックする
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