2009年01月17日

用がないから用がない

こんにちは。

『福翁自伝』の中で、福沢諭吉はアメリカに留学する息子達を「留学中手紙は毎度必ず必ず出せ、用がなければ用がないと言ってよこせ」と送り出した、と確か書いてありました。
当時、アメリカからの郵船が二週間に1〜2回だったらしいので、毎度とは要するに毎週ってことだったようです。

例え特に用がなくても、直接会えないお世話になった方々に時期に合わせてご挨拶をするという年賀状、お歳暮などの習慣は、非常に合理的かつ文化的に高度な優れたシステムだと思います。

そういえば、貧しい差出人が封書の中に◯か×だけを書いて、切手を貼らずに投函し、配達人からその手紙を手渡された受取人が透かして◯か×かだけを確認して配達人に返し、配達人が郵便料不足扱いにしてまた差出人に返す、ってなんのお話だったっけ?

一方で、便りがないのは無事な証拠とか、No news is good newsなどと言ったりもします。

ところで、メールも電話も着信しない携帯電話は、一体何の存在意義があるのだろうかと俺に哲学的な問いかけを発し続けてくれます。
posted by 井川広太郎 at 16:09| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック