2009年02月20日

三十にして惑々

「子曰、吾十有五而志於学。三十而立。四十而不惑。五十而知天命。六十而耳順。七十而従心所欲不踰矩。」(論語、為政第二)

論語である。意味とか訳とかは本文にあまり関係がないから端折る。

この有名な論語の一節で、15歳は「志学(しがく)」、30歳は「而立(じりつ)」、40歳は「不惑(ふわく)」、50歳は「知命(ちめい)」、60歳は「耳順(じじゅん)」、70歳は「従心(じゅうしん)」などと言ったりするそうだ。

中でも40歳の「不惑」は、「四十にして不惑、今年で40歳と不惑の歳をむかえ」っていうアレである。

この俺が40歳になることを少しずつリアルに捉え始めているということが何よりもショッキングなのだが、ともかく40歳になると「不惑」なんだそうだ、孔子的には。

ここで言う「不惑」とは「惑わず」、つまり心に迷いがなくなるってことらしい。すごいね。迷いが無くなっちゃうんだって。信じられない。

まあ、でだ、40歳になったら迷いが無くなるってのなら、30代のうちは迷っててもいいじゃないか、というポジティブ・テンションで自分を励ましてみる。

つまり、「三十にして惑々」。  image/lostintokyo-2009-02-20T00:11:57-1.jpg

「30歳にしてわくわく」である。 

因に「わくわく」の語源は「(水が)湧く湧く」が定説らしく、それもワクワク感を上手く表現していて中々いい感じだが、惑々もかなりイケテルと思う。

惑々。

三十而惑々。

lost in tokyo、Lost in Blog、まさに「三十にして惑々」である。

なんかスゲー自由に心が動く感じ。

惑い、迷い、彷徨い、すれ違い、めぐりあうのか。

そんなわけで、三十二歳でありながらわくわくしている、俺。
posted by 井川広太郎 at 00:11| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする
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