2009年03月10日

もういいぜ

お笑いコンビのサンドイッチマンが好き。
好きと言ってもTVで見たのは数年前のM-1グランプリの決勝かなにかの一回こっきり。
その時、彼らのネタを初めて見たのだけれど、腹を抱えて笑った。
それ以降はネタの動画を数回見たのだが、どれも腹を抱えて笑うほど面白かった。

面白いから好き。
面白いから好きなのだが、面白いのと好きなのは違うわけで、ただ面白いから好きなのではないだろうと考えていて、一つ分かったことがある。
それは、いわゆるツッコミの時に、相手を叩かないこと。
サンドイッチマンはボケに対してツッコミを入れる時に頭を叩いたりはせず、手を観客の方に軽く投げ出すようにする。
あれが好き。
あれが好きなんだと分かったら、もっと好きになった。

『美味しんぼ』という漫画の中で、似たようなエピソードがあった気がする。
ほとんど全く同じ条件で二人の職人が寿司を握るのに、味に格段の差がある。
それはなぜかとみんなで考えて、寿司を握る所作の違いに辿り着く。
一方はシャリを握る時に超過分の米粒をちぎってポイッと捨てるのだが、美味い方の職人はその所作がなく無駄なく最初からピッタリに美しく握る。
その違いが、食べる者の味覚にも及んでいるのだと。
随分前に一度読んだきりなのでうろ覚えだけど、確かそんな感じの話だった。
特に好きな漫画ではないのだけれど、そのエピソードは印象的だった。

多分、好きとか嫌いとかいう時は、そういった無意識の内に判断している要素がどこかにあるのだと思う。
なんとなく好きとか嫌いってのも、まあ、感性とかそういったものは俺には良く分からないのだけれど、それはそれで良いのかもしれない。
しかし、そこからさらに探っていってみると、根拠とは言わないまでも無意識的ではあったが自他に説得力を持った何かに気付けるのかもしれない。

「なんとなく」とか「感性」という一言で片付けてしまうとうっかり見落としてしまうことが、実は非常に重要なことなのかもしれない。
例えば、先の寿司屋の話で言えば、一方の美味さに気付くことで、逆にもう一方の技術の低さを反省するキッカケとなり、さらなる技術の向上が望まれる。
なんとなく美味いだけだなんて思っていたら、そういった機会を逸してしまう。
つまりは、自分が何かを好きとか嫌いとか、あるいはその逆の立場とか、そういった事柄は等しく自分を相対化するのと同時に、さらなる成長をするための示唆に富んだ財産なのかもしれない。
とかなんとか長々と書いときながら自分でも、ちょっと何言ってんのかわかんないです。
posted by 井川広太郎 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする
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