2004年08月17日

PRIDE GP 決勝

2004年8月15日、PRIDEGP決勝を観る為、埼玉県某所にあるスポーツカフェに行った。今回も前々日に予約をしていないことを思いだし慌てて電話をしたのだが、今までと違っていたことは近場のスポーツカフェ、というより都内のスポーツカフェの多くが予約で埋まっていたことだった。生放送の予約が埋まっているどころか、どの店も試合終了後に録画したものでリピート放送をするらしいのだが、それもほぼ満席という。なんなんだ、この混み具合は。そんなわけで、試合会場である埼玉スーパーアリーナにほど近いスポーツカフェに独りで行くハメになってしまった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

東京では南に行くよりも、北に行くことは遥に遠く感じる。噂通り満員の埼京線に押し込まれて目的地へと向かう。今日はお盆休みの最終日。ポケモンスタンプラリーに勤しむ親子連れが車内に目立つ。こんな混雑した電車に子供が乗るのは危ないなあと思いつつ、それにしてもかの企画は素晴らしい。既にある設備を有効かつフル活用し、その上で電車への興味を大きく誘発する。実際、同乗したちびっ子は他人の背中に押されながらも必至に路線図を読み解いていた。ちびっ子総鉄ちゃん化計画とも呼べるこの完璧なイベントを考え付いた人は天才だ。

川を渡ると車内はガラっと空き、車窓の景色も変わる。どうやら埼玉に入ったようだ。某駅で降り、目的地である店へと向かう。知らない土地に着いた時の興奮に慣れることはない。全てが新鮮で発見に満ちている。遥々、この店を選んだのには、それを味わうという密かな期待もあったのだ。予想以上に賑やかな商店街がぷつりと途絶えるその手前にその店はあった。

広い店内は元々ビリヤード場であるらしく、その半面でダーツ兼スポーツカフェを営んでいる。試合開始の1時間ほど前には着いたのだが、既に先客が沢山いた。予約してあるのだからと、とりあえずレジがあるカウンターに寄っていくが、目の前にいる店員はこちらに向いてくれない。声を掛けると慌てた様子だ。良く見ると、予約表と座席表を渋い表情で見比べていた。どうやら、多くの予約を取ったは良いが、その運営に四苦八苦しているらしい。んなこと知ったこっちゃないわい。と、席に誘導させる。即座にビールを頼む。中々注文の品が来ないので催促する。ビールが来たのは、さらにその10分後であった。

中央に巨大なプロジェクターを擁し、他にも大型モニター2台、小型モニター数台と中々の環境だ。しかし、スクリーンの手前のテーブルがハイスツールで、後ろの方の席が低い椅子というレイアウトに一抹の不安がよぎる。試合開始まではPRIDEのスペシャル番組をやっているので、それを見ながらビールを呑む。次第に店内が混み始め、店員は先ほど以上にテンパって、カウンターの前はごった返してきた。と、その時、スクリーンの映像が途絶えた。少し驚いたが、直ぐに復旧したので一先ず安心。と思いきや、暫くしてから再びその症状が起き、その後も同じことが繰り返される。まだ試合が始まっていないから良いものの、生放送中に中断したら悲しいなと思い、店員に一言言う。

気付くと、横の席におっさんが座っていた。小太りで長髪、色黒で手ぶらながら片手にスポーツ新聞を2誌握っているという、いかにも只者ではない雰囲気。おっさんはチキン&ポテトを頼んだらしく、隣席に注文の品が届いた。一口賞味してから、おっさんは「塩下さい」と店員を呼び止めた。5分ほどしてその店員が戻ってきて「少々お待ち下さい」とのこと。塩を出すのに何でこんなに時間が掛かるのかと思っていたら、さらに5分ほど経ってきた店員の言葉に笑った。「すいません。塩ないんです」。

一体、世界中のどこに塩がない飲食店があるのだろうか。その時から、俺はおっさんと言葉を交わし始めた。おっさんはプロレスファン歴が長いらしく、プロレスの興行には良く会場に足を運ぶらしい。PRIDEに見る前田明が格闘技界に果たした役割、プロレスと総合格闘技の違いなど、こういう詳しい人と話しをするのは楽しい。

試合開始が近付き、中継が始まる。番組冒頭は様々なイベントやタレントのお話が続く。と、その時、またスクリーンの映像が途絶えた。試合開始前とは言え、店員は流石に先ほどよりは慌てて、何やらプロジェクターに向かってリモコンをかざす。違うって。そのトラブルの原因は至って簡単、カウンターの側でチューナーからのケーブルが剥き出しになっており、それが踏まれる度に映像が途絶えるのだ。映像のノイズの入り方と、その時のカウンターでの人の動きを見れば分かる。店員を呼びとめ、その旨教えてあげる。が、その店員は相変わらずプロジェクターにリモコンを向ける。教え方が悪かったのかな。と、その時、50人ほどいる客達の誰もが、そのトラブルについて不満を漏らしていないことに気付いた。観客のほとんどは20代から30代の一見して格闘技が好きな男性達だ。つまるところ、彼等は一様に大人しい。

なんとかその後、多少の事故を伴ないながら大会は観戦できたのだが、おーちゃんが秒殺された時点でテンションは下がり、後はおっさんとのプロレス談義に逃げていた。そういえばいつのまにか2人だった店員は3人に、そして最終的には5人へと増えていた。どうやらバイト仲間を電話で呼び出したらしい。こんなに客が入ったのは初めてなんだろうな。とはいえ、店員が増えたところで効率は少しも上がらないのはご愛嬌。注文してから届くのに少なくとも10分は掛かるので、おかげでビールが5杯しか呑めなかった。

大会の結末は、あまりにも無惨なものであった。最強を決めるとか、命を賭けるとかいう謳い文句を掲げながら、選手がギブアップするならともかく、試合中の負傷を主催者側が考慮して無効試合って、これじゃ納得出来ないよ。そう思ったいたら回りの客から「あの怪我じゃ仕方ないよ」という声ばかり聞こえてくる。

寂しい気持ちのまま家路につく。途中まで同行したおっさんは、金を払って観に来た観客をバカにしている、プロレスラーなら出血どころか骨が折れても観客を満足させる、高田信彦はプロレスを完全に捨てた、プロレスファンなら会場に火を着けると憤っていた。確かに不満だけど会場には何の罪もない気がする。「最近の若者は知ったかぶって、物分りが良い振りをしたがる。若者はもっと怒らなきゃ駄目ですよね」って同意を求めるおっさんには、俺は若者には見えなかったのだろうか。

おっさんが途中下車したので空いた座席に座ると、横に知った顔がある。数年振りの再会になろうか、大学の後輩だった。彼は会場で観戦していたらしい。凄く飽きっぽい性格が妙に面白い奴だった。いま働いている会社はさっさと見切って、起業するつもりだと言っていた。別れ際、彼は俺に名刺をくれた。こんなところで、こんな時に、こんな奴に再会するとは想像だにしなかった。
posted by 井川広太郎 at 16:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | lost in blog | 更新情報をチェックする
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