2010年11月19日

After a storm comes a calm

今年は面白い映画があまり観られなかったなあと思い始めた11月になってから、急にやたらオモロい映画ばかりに当たっているのですが、その先駆けが『白いリボン』だったわけなのです。
何事も、最後まで諦めちゃいけないってことなんだと思います!

ところで、日常に溢れている音は、時代によって極端に違うと思うんです。
端的に言えば、電気も無い頃と、自動車が走り回り飛行機が空を割き室内は電化製品に囲まれた現代とでは、意識的にも無意識にも耳にしている音は全く異なるわけだから、同じ楽器で同じ曲を演奏したとしても、聞く音も聴いている音楽も根本的に別物だと思うんです。
そう考えると、もはや現代ではバッハもベートーベンもありのままには聴くことは出来ず、この機械の騒音と雑音とのどん底に沈んだままで、唯一レベル・ミュージックとして残されたエレキ・ミュージックを聞くことしか出来ないのではないかと絶望的になるんです。
しかし、それは決して悲観的なことではなく、それこそがモダンであって、コンテンポラリーであり、インプロビゼイションだと思うんです。
というようなことを、『白いリボン』を観ながら感じました。

バッハをもう聴くことが出来ないのかどうかは知らんけど、複製芸術以前と以降では、楽器を奏でること、音楽を聴くことの新鮮さは格段に違うだろうというのは分かる。
それは、ある日、音楽はライブ以外では聴いてはならない、というルールが出来たら、どんな日常になるのだろうかと想像してみれば納得できる。
勿論これはドグマ映画に対する言及などでは無く、ただ単に悲しい静かな夜の慰みに下手なオルガンを奏でてあげるという『白いリボン』のとても怖いシーンに嫉妬しただけなのである。
posted by 井川広太郎 at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする
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