2005年03月12日

サメは泳いでいないと溺れる

高校生までは、余りにも呑気に幸せで、何もしていなかった。

だから大学に入ったら滅茶苦茶してやろうと、「やりたいことリスト」も付けていた。

大学に入ってからは、何でもやりまくった。

当時から、学生が社会的な特権階級で優遇されているのは自覚していたから、それを利用してどこへでも顔を突っ込み、体験した。

普通なら相手にしてくれないような人でも、こちらが学生だと知ると対応が変わる。

なので、狭い大学に閉じこもっているのなんて真っ平ごめん。学生証さえ持っていれば、東京中のどこでもキャンパスであったし、誰もが俺の先生であった。

色々やって、「やりたいことリスト」も大方片付き、やるべきことが決まった。

俺は映画を撮りはじめた。

周りの仲間がとっても映画に詳しいのが癪で、勉強した。

目から血が出るほど映画を見て、貪るように本を読んで、片っ端から習作を撮った。

飯も食わずに毎月60本も映画を観るなんて学生しか出来ないし、本を読むのに適した環境で師もいた。VX1000という最高の相棒もいた。

気がついたら映画以外、何もなくなっていた。

自分の全てが映画を中心に回っている、というよりは、自分は映画で出来ていると自覚した。

ほら、身体中の血は1ヵ月で全く新しくなるって話あるでしょ。あれ。生まれ変わっちゃった感じ。

何もしていなかったそれまでの自分への反省と、遅過ぎた映画への出会いへの後悔と、これから撮るまだ観ぬ自分の映画の為に、今日も明日も無く、全てを映画の為に動き回った。

この先、どうなるのだろうという不安と焦りといつも隣り合わせであった。大島渚監督の作品を観ては泣いていた。

サメは浮き袋が無いから、泳いでいないと溺れてしまうと言う話を、その頃聞いた。

まるで、俺のようだと思った。
posted by 井川広太郎 at 01:41| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする
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