2016年07月07日

キアロスタミについて

最初に観たのは『クローズ・アップ』だった
大学に入って間もなくだから多分1996年頃、映創会という映画サークルでキアロスタミの話を聞いて、ちょうど観たいと思っていた時に、たまたま、大久保賢一さんがキュレーターをしていた「アジア映画劇場」とかいうNHK教育の枠で放送された
観て、ぶったまげた
面白い、面白いし美しいし、しかし映画を観ていることをものすごく意識させられ、お前は誰なんだと常に語りかけられるような、禅問答のような映画だった
それまでに観たことないような映画で、刺激的で新鮮でカッコよくて、この古い映画こそが映画の未来なんだって感じた
それからジクザグ道三部作を遡り、『桜桃の味』が劇場公開されたり、『パンと裏通り』のビデオを入手したり、そもそも映創会の三浦哲哉に教えてもらったのかな?色々貸してもらったり聞いたりした記憶がある
当時はそれこそ大ブームであったが僕もご多分にもれず、ゴダールと同じようにキアロスタミに憧れたし、純粋に好きだった
映画の演出って何なんだろう?って考える時に、やっぱり子供の演技を引き出せるかどうかに行き着くことがあって、キアロスタミは相米慎二同様やっぱりそこがすごくて、しかし泣くシーンのためにフレームの外で子供をつねっていたとかいう逸話を聞くと、サングラスの奥の鬼というか狂気を感じたり
『友だちのうちはどこ?』などキアロスタミの映画に出てくる子供たちがよくする挙手のジェスチャーの真似をしたことなども懐かしい
そんなこんながありつつ、キアロスタミの久々の作品であった『5 five 〜小津安二郎に捧げる〜』を2004年のバンクーバー国際映画祭で観た時に全く面白くなくて、師として崇めてきたがなんかもう距離ができちゃったのかなと勝手に悲しんだりしていた
2010年にfilmexのnextMastersでキアロスタミの講義を受け、つまりその時初めて生のキアロスタミに対面したのだが、想像していた通りの哲学者風の寡黙な、しかしマグマのような熱いパッションを内に秘めたる感が半端なかった
で、その時にキアロスタミが「検閲が厳しい環境で映画を創る苦労は?」みたいな質問に対して「どんな国でも時代でも明文化されていようがいまいが規制はある。そして、そういった抑圧があるからこそ、我々は表現することができるのだ」というようなことを言っていたのが強く印象に残っている
その年に上映されたのが『トスカーナの贋作』
ぶっ魂消た
僕はキアロスタミを観て映画を学んだつもりだったが、そのキアロスタミから「お前は映画についてまだまだ何も知らないのだ」と鉄槌を食らったような、そんな強烈な面白さであった
あの道に誘われて僕らはここまで来た
そしてこの道はどこまでも続いていくんだって、映画の可能性は無限大なんだって確信した

posted by 井川広太郎 at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする
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