2016年12月26日

おっさんのカッコよさを知らないのなら俺が教えてやるぜというお話

40歳になって区の健康診断を受けた。
その結果は全く問題なかったのだけれど、後から足の裏に張りのようなものを感じるようになった。
実は足の裏にホクロがあって、以前から気にはなっていたのだ。
この張りはホクロと因果関係があるのかとも妙に不安になってきて、この際だからとついでに近所のクリニックに行ってみた。

数年前に針の穴のような小さなホクロができて急激に大きくなっているという説明をしたら、これは総合病院で診てもらいなさいと。
張りは恐らく全く関係ないが、足の裏のホクロは悪性の可能性もあるというのだ。
間も無く現場の仕事が始まる予定だったので、すぐに診てもらえるところということで、一駅隣の大きな病院の紹介状を書いてもらった。
不安な一晩を過ごした翌日、そこの皮膚科の医師に診てもらったら、これは見ただけでは分からないので、手術で除去して病理検査をする必要があると言われた。
ほとんどのホクロは見ただけで悪性か否か分かるらしいのだが、足の裏は押しつぶされるせいもあって判別がつきにくいのだと言う。
要するにガンである可能性もあるのかと聞いたら、高くはないがそういう可能性も否定はできないと。
ホクロを切除する日取りを決めて、その日は病院を後にした。

病院を出てから、メチャクチャ落ち込んだ。
最悪、皮膚ガンだとしても切除するなりなんなり比較的対応しやすいはずだと聞いた知識で自分を落ち着かせようにも、どうしても悪い方に考えてしまう。
その日はたまたま湘南ベルマーレのアウェー戦が大宮であって観戦に行く予定であった。
正直、サッカーを楽しめる心理状状態ではなかったが、もう一生ベルマーレの試合を観戦出来なくなるのかもと思うといてもたってもいられなくなり、大宮に向かった。

その電車の中でも独りガクーンと落ち、悪い方悪い方にと考えてしまう。
俺死ぬのかなあと思った瞬間、その前にしたいことは、やはり映画を撮ることで、その瞬間に頭の中に撮りたい物語が浮かんだ。
電車の中でその思いついた物語を書き上げることに没頭した。

試合の観戦中も心ここに在らずで、ベルマーレも負けて降格が決定し、散々な一日であった。
だが不安は広がりつつも、湧き上がった物語を書くことに夢中になっていった。
そうして一週間で、脚本を書き上げてしまった。
僕の場合は脚本を書くのに早くても一ヶ月はかかるので、信じられないほどの短期間であった。
死ぬ気になれば何でもできるって本当なんだと実感した。

後日、ホクロを切除して病理検査に出し、足の裏を縫った。
その日のうちから歩けると聞いていたのだが、思った以上に歩きづらくて、痛くて苦労した。
たまたま現場のスタート日が遅れたので、そこは助かった。

二週間後に検査の結果を聞きに行くと、陰性であった。
その頃にはもうかなり平常心になっていたので落ち着いて結果を聞けた。
とにかく良かった。
いままで風邪以外ではほとんど病院のお世話になったことすらなかったのだが、今回の経験で、もう自分一人では自分の体を維持出来ないことに気づく年齢なんだと思い知らされた。

最近、周りでも健康の話題が多く、トラブルもよく聞く。
そのほとんどが、誰かに指摘されて病院に行ったら早期発見だったので助かったという類の話だ。
異常を感じたらなによりまず病院に早く行くことだし、異常を察知するには自分一人の判断ではなく他人の目や判断が有効だとつくづく感じる。
僕の場合は足の裏というなかなか目に触れにくい場所であったが、だからこそ他人の指摘が有効な時もある。
目の届かぬ背中にできた肌の異変を指摘され病院に行った話や、ほんの些細な日常の動作の変化を指摘されたことから脳梗塞の早期発見に繋がったとか、そういう話は多々あるが、誰かが誰かを気にしたり気付いたりすることは不可欠だし、それをお互いに受け入れないといけない。
一人暮らしとか独身とか若いうちにはいいのだけれど、それはほとんど傲慢であって、やはり人間は一人では生きていけないし、一人で生きていてはいけないのだなあとしみじみ思った。
posted by 井川広太郎 at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック