2017年09月07日

禅と骨

大ヒット作「ヨコハマメリー」の中村高寛監督による映画「禅と骨」を観てきた。
前作から実に11年ぶりとなる新作なのだが、制作期間も8年に及ぶという力作で、長年待った甲斐がある素晴らしい作品であった。
本作は、アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれ、禅僧となったヘンリ・ミトワを追ったドキュメンタリーである。
のだが、ポップでハイセンスなタイトルに始まり、ドラマパート、アニメパートなども挿入され、なんでもありのお祭りのような、つまりはとてつもなく映画的な映画であるとしか言いようがない。
表現するためには決して妥協しない中村監督の強い想いが、自由に解き放たれた傑作だ。

なによりも明るく奔放なヘンリ・ミトワのキャラクターが魅力的なのだが、ハーフとして日本で育つ困難、元芸者であるという母の苦労、渡米後に太平洋戦争が勃発し強制収容所に収監されたこと、国籍の選択に迷いながらもそこで結婚し子供を授かったことなど、その数奇な運命は日本の歴史をなぞる。
なのに悲壮感はまるでなく、ポジティブとかネガティブとか言う以前に楽しく生きることに全力なヘンリ・ミトワの痕跡をたどるだけで、面白くて仕方がない。
本編の中に「知足」の話が出てくるが、とてもじゃないが足るを知っているように思えない。欲のままに生き、望み、愉しみ続けるヘンリ・ミトワの人間味あふれる生き様は、果たしてあの困難な時代をもこうして生き延びたのかと納得させるほど、どうしようもなく素敵だ。

帰国後に文字通り日米の架け橋となるべく僧侶となってからも、ヘンリ・ミトワはむしろ拍車をかけて破天荒になっていくわけだが、それに振り回される家族の視点からも話が展開していくのも素晴らしい。
近くで、冷たくも優しく彼を見守る家族は、時に喧嘩し、いら立ち、距離を取り、それぞれが自立した一個人として敬愛を持って接する。そうしたどうしようものさを抱えた家族的な営みにシンクロして、ヘンリ・ミトワを決して美化せず、むしろ徹底的に生々しく泥臭く真実味を持ってカメラは迫り続ける。

その結果、被写体であるヘンリ・ミトワと監督との関係性がむき出しになっていく。
被写体との関係性とその変化を包み隠さずに見せ切ってしまうのが中村監督の凄みなのだが、ヘンリ・ミトワと監督がそれぞれの率直な感情や想いをあらわにするシーンでは、ドキュメンタリーとは何か、カメラとは何か、映画を撮るとはどういうことなのかにまで肉薄する。
そこで、ヘンリ・ミトワと監督が似ているのだと気づく。頑固で、奔放で、決して譲らず、しかし優しく寛容で、一切の妥協をしない、ものづくりをする人間の狂気じみた信念の強さと、それを分かち合った者同士の共感がそこにはあり、乱暴だったり口は悪かったりしても、彼らはつねに真剣でどこまでも真摯なのだ。

膨大な取材を重ねたドキュメンタリーに加え、俳優たちが演じるドラマパートがまた良い。
ヘンリ・ミトワを誠実に演じるウエンツ瑛士に始まり、画面に圧倒的な母を示してみせる余貴美子、そして緊迫するシーンで緊張感をたぎらせる永瀬正敏など、各俳優がドキュメンタリーのインパクトに負けない存在感を発揮していて、驚くほど見応えある。

さすがドキュメンタリストでありながらドラマ演出にも長けた中村監督という印象だが、いずれにしろ、ドキュメンタリーやドラマやアニメを自在に行き来するスタイルもまた、ヘンリ・ミトワの奔放さを表しているような気がしてならない。ハチャメチャでありながら、これしかなかったのだ!という強い意思とそれを貫いた爽快さも感じられる。
映画本来の自由なフォルムで、やりたい放題楽しんで、何はともあれ生きて死んだ。メチャクチャ面白い人生賛歌。これは是が非でも!
9/2(土)よりポレポレ東中野、キネカ大森、横浜ニューテアトルほかにて、順次公開。

posted by 井川広太郎 at 09:33| Comment(0) | lost in blog | 更新情報をチェックする
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