2018年12月28日

迫り来る嵐

『迫り来る嵐』(原題 暴雪将至 The Looming Storm/2017年/中国/配給 アットエンタテインメント/119分)



監督:ドン・ユエ
製作:シアオ・チエンツァオ
製作総指揮:ルオ・イエン
出演:ドアン・イーホン、ジャン・イーイェン、トゥ・ユアン、チェン・ウェイ、チェン・チュウイー

公式サイト http://semarikuru.com/
2019/1/5新宿武蔵野館・ヒューマントラストシネマ有楽町にて、全国順次公開


工場の保安課の男が、近隣で起きた殺人事件の捜査にのめり込んでいくサスペンス

中国版「殺人の追憶」とでも呼ぶべきか。
犯罪映画の様相を伴いながら、しかし主人公は刑事でも探偵でもない、ただの「名探偵気取りの一般人」という設定が効いている。

探偵気取りの主人公の姿はそのまま、推理映画に熱中する我々観客にも重なり、殺人事件はお手のものとばかりに慣れた手つきで捜査を進めていく。

だがしかし、掴みかけては消えていく犯人の影、巨大な工場の闇、本物の刑事たちの思惑、翻弄される運命の女と謎も増えていく。
進めば進むほど真相に近づくどころか、むしろ霧深い迷いの森に足を踏み入れたかのように現実と非現実の境すら曖昧な混沌とした状況になってくる。
おかしい、いつもとはなんか違う。

手がかりも、証拠も、重要参考人も、犯人も、全てが嘘か幻のように思えてくる。
ちょっと待て、よくよく考えてみればそんな設定、誰が決めたのであったか。

何を追っていたのか、何を見ていたのか、そもそも誰がなんだったのか。
先入観で勝手に他の事件と同じだと思い込み、いつもの謎解きをすれば解決すると決めつけていた。

騙されたのではない、都合の良い嘘を作り出していたのは、分かりやすい答えを求める自分自身だったのだ。
ハッと我に返ると、そこは何もない森の中で、握りしめていたコインはただの葉っぱだった。
一体、何だって言うのだ。

1990年代後半の中国という大海の中で、経済発展を伴う社会の激動という巨大な「嵐」を目前に迎え、小舟でそれに立ち向かう矮小な個人の強烈な不安と葛藤が見事に描かれている。
posted by 井川広太郎 at 12:05| Comment(0) | REVIEW | 更新情報をチェックする
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