2005年01月25日

5nights&6days 12 BE A GOOD BOY

10月06日水曜

4:00 起床 29_lastday.gif

昨日から続いて今日も雨。

珈琲を煎れながら、出国時よりも少し大きくなった荷物をまとめる。いつも、窓を空けてこっそりと煙草を吸っていたこの部屋ともお別れ。

チェックアウトをしに行ったフロントには今まで会ったことが無いボーイがいた。とっても感じが良い。例のとてつもなく感じが悪い巨漢のボーイは先日俺が外出時しようとしたら「鍵の掛け方ぐらい知ってろよ!さっさと行っちまえ!」とか息巻いていた。俺が英語が分からないと思っていたのだろう。まあ、鍵の件ではこちらのミスで迷惑掛けたが、お前は関係無いし。兎に角、このホテルが悪いわけではなく、あのボーイだけが悪い人だったのだと最後に分かって良かった。

7:15 タクシーに乗る

映画祭が手配してくれたタクシーを待っている。ホテルの前には数人の待ち人がいて、皆同じく空港に向かっているようだ。俺が吸い終わった煙草を携帯灰皿に押し込んでいると、つかつかとカナダ人のおっさんが近付いてくる。なんでも携帯灰皿を初めて見たらしい。「それ、超イカスじゃん!」「日本で1ドルで売ってるよ」「マジ?これカナダに輸入したら超儲かるよ!」確かに滞在中に何度か、携帯灰皿のことを指摘された。バンクーバーに滞在している邦人を通じてマジでビジネスしてみようか。

空港に向かうらしき大型のバスが近付いてくる。生憎我々はタクシーを予約してもらっているので乗るわけにはいかない。と、バスから運転手とおぼしき爺さんが降りてくる。「Hey! Boy! 空港行くんだろ?乗れよ!」え?俺?…いま何て言った?昨晩も大して年の変わらない学生さん達に30代後半と見られていた俺をBOYって言った?…やっぱカナダ人は見る目が違う!良い!すごく良い気分だ!

9:20 バンクーバー発

ほどなくタクシーが来て、無事に空港着。早朝の空港というのは相変わらず異様な雰囲気だ。音の無さ、濁った空気も相成って、広大な空間が強烈に重苦しく感じる。

ほんの少し残ったカナダドルを免税店で使い切る。胸に“バンクーバー”と描かれたTシャツとお約束のメープルシロップを買う。

10:00 シアトル着

行きとは違い、シアトルで乗り継ぎする。2年前にバンクーバーに訪れた際もここを経由した。なので2年ぶりに空港内のアイスクリーム屋に行ってみる。2年前のやたらと不機嫌な黒人の女の子はおらず、今度はやたらと人の良いおばちゃんになっていた。白川監督はどっぷりと甘いアイスを山盛注文する。俺は珈琲だけ貰おうとしたら、「珈琲は無料でいいわよ。そこの魔法瓶から好きなだけ持っていって頂戴!」だって。

ついこないだイチローが新記録を経てたばかりだから、グッズが売ってたりはしないものかと期待したが、それは見つからなかった。ただ、雑誌も新聞も表紙にイチローが目立っていた。

12:45 シアトル発

飛行機の中で「スパイダーマン2」と「ハリーポッターとアズガバンの囚人」を観た。

15:00 成田着

成田に降り立つや否や、携帯が鳴る。ああ、日本に帰って来たのだと実感。まあ、ここから東京までが遠いのだが、どうやら日常に戻ってきたらしい。明日から早速「SPICA」の準備に追われる。それにしても充実した5泊6日の旅行であった。バンクーバーで見聞き体験したこと、そして感じたことを映画に注ぎ込めればと思う。

というわけで5nights&6daysはお終い。

次はどんな映画で、どんな国へと旅立つのでしょうか。楽しみ。
posted by 井川広太郎 at 22:42| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | バンクーバー旅行記2004 | 更新情報をチェックする

2005年01月07日

5nights&6days 11 立ち止まれと雨が降る

10月05日火曜

7:00 散歩 30.gif

眠れないまま朝を迎えてしまった。しかし体力的は結構元気。興奮しているからであろうか。
ホテルの側ながら今まで行ったことの無いところに散歩に行く。ジョギングしている人や、自転車で通勤している人、バスに飛び乗る学校に急ぐ人など。バスの先頭には自転車を置く台が付いていて、どのバスにも何台か置いてある。バスの先頭だぜ。日本じゃ考えられない。海沿いの公園はとても綺麗。周りでは大規模なマンションの建築が進んでいる。その公園は、殺人事件などが多く夜は近付いたら駄目な所だと後で聞いた。

8:00 朝食

サイクリングに誘われたりしていたのだが、今日は生憎の曇り空で午後からは雨の天気予報。つーか今日までが良い天気過ぎた。映画祭事務局のレセプションルームで朝食をしていると、白川監督が来る。で、今日は「SPICA」の打ち合わせをすることにした。

10:00 図書館

とりあえず白川監督と図書館に行く。が、入口に黒山の人。どうやら、ボヤ騒ぎがあったらしい。間もなく安全確認が済み、PCに向い日本にメールを打つ。その時のBLOGへの書き込みがこちら

11:00 ヴァージン・メガ・ストア

「clean」のサントラ、もしくは出演していたミュージシャンのCDが欲しいとヴァージン・メガ・ストアに行く。が、見つからない。当たり前だけどヴァージン・メガ・ストアの中は日本とほぼ同じ。

12:00 昼食や買物や対話 28_starbacks.gif

雨が降ってきたので、地下のショッピング・モールに入り白川監督と昼食。こういうデカイ商業施設は世界中どこでも大差ない。まあ、その規模は日本ではなかなかお目にかかれないほどのものだが。

お土産を色々探したが、結局、フェルメールの画集以外は掘り出し物に出会えなかった。傘を買おうとしたら、日本のような100円均一ショップは(全く無いわけではないが)少ないので、ドラッグストアで1500円の折りたたみ傘を買うハメになる。

昼食を食べながら、またその後は珈琲を飲みながら、白川監督と「SPICA」の打ち合わせ。行きの飛行機内で俺が切った絵コンテを叩き台に、どういう作品にするのか、何を描きたいのか、どういう風に演出するのかなど、かなり厄介な話題に取り組む。

思えば、「右手」の奇跡的なタッグ結成以来、物事が上手く進み過ぎていた(勿論、その時折は血反吐吐くほど大変だったけど!)。今後の展望とか、作品の流れとか、大事なことを疎かにして、関係性に甘えていた様な気がする。所詮INDEPENDENTな我々は、前と同じ事をしていても進歩はしないのだし、常に新しいことを試みる必要がある。ほっといたら年をとってチャンスを失う一方だからね。なんで、作品ごとに創る意味も目的も方法も変わってくるわけで、一緒にやる以上、常にミニからマスまでコンセンサスを築いていかないといけない。その為には対話が大事。日本では話せなかったようなことまでバンクーバーでは沢山話せた。それはきっと、映画に反映する。

17:00 レセプション

映画祭レセプションルームで毎晩恒例のパーティ。今晩はピザの日らしく、様々な種類のピザがテンコ盛。本当に北米人はピザが好きだよなあ。脂っこいのであんま食べれず、ビールばかり呑む。この日はバイヤーが多く、色々話す。マイク・マイヤーズの実兄というバイヤーも来ていたが、緊張して話せなかった。

20:00 学生と呑む

ホテルに戻り、再び白川監督と「SPICA」の打ち合わせなどをしている。ひと段落着き、白川監督は外に遊びに行く。俺は疲れていたので遠慮する。

さて、流石に眠くなってきたなと思ったいたら電話が鳴る。受話器を取って「HELLO」と言うのは慣れてないから嫌だが、仕方ないので出る。「HELLO」「もしもし?」おい!日本人かよ!相手はバンクーバーの映画学校に通っている学生さん。白川監督と連絡を取っていたらしいが、残念ながら不在そして明日帰国の旨を伝える。俺で良ければ、ということで呑みに行く。

昼間に立ち寄ったヴァージン・メガストアで待ち合わせ。人が多いし、相手のことが分からないので、出会うまでに結構時間が掛かる。やっぱ携帯が無い生活は不便。

やっとのことで落ち合えた学生は3人組み。日本人2人と韓国人1人。2年前に来た時も同じバンクーバーの映画学校の学生さんと呑んでいたので、いきなり旧知の仲のようになる。3人の紹介で日本料理屋に行く。

バンクーバーの映画学校は、ハリウッドのシステムに準拠したところなので、作家としての知識よりもプロの技術を教えるところ。監督になるというよりも即戦力のスタッフが育成されているようだ。その辺は日本の映画学校と大きく異なる。毎年、日本からも数名の生徒が入っているようだ。自己紹介に始まり、映画祭のこと、映画のこと、色々なことを話している内に酒が進む。日本の居酒屋とほとんど変わらぬ店内の雰囲気も悪くない。だから仕方なく寝てしまう。だって昨日寝てないんだもん。

24:00 寝る

日付が変わる直前に解散。2年前に続いて映画学校の学生さんと楽しい一時が過ごせた。またバンクーバーに来た時も、同じ学校の学生さんと呑みたいなと思う。ホテルに戻ると速攻寝る。
posted by 井川広太郎 at 23:59| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | バンクーバー旅行記2004 | 更新情報をチェックする

2004年12月17日

5nights&6days 10 LOST IN TRANSLATION

10月04日月曜

19:30 GREENHAT

白川監督と別れ、俺はドンドンの映画を観に行く。

「GREEN HAT」(2004/Liu Fendou )

銀行強盗をした男3人。その内の一人は高飛びに彼女を連れていこうと通り掛りの店から電話をかける。しかし、彼女のつれない返事に落ち込む。その内に警官隊に店を包囲される。店員を人質に取り立て篭もる犯人。ネゴシエーションを担当した刑事に犯人は問う。「愛とは何ぞや!」それに応えられない刑事。その刑事は肉体的なコンプレックスを抱え、彼の妻は不倫をしていたのだった…
あまりの面白さにショックを受ける。
ポップな映像、明確で軽快な編集、豪快な素早さで展開する物語、愛とSEXに悩みまくる登場人物達、全てが超一級品であり、それらが絶妙なバランスでリズムを刻んでいる。かなり深刻なテーマを、周到に抽出して行く。
タランティーノやソダーバーグの登場の時ような映画史的な事件。
ドンドンは脚本家として中国国内で評価され、デビュー作であるこの作品は、世界各国で絶賛されているらしい。そりゃ、そうだ。脚本の面白さは尋常じゃないし、演出も迷いが無く効果的で、技術レベルもすこぶる高い。どこを切っても、どこから見ても傑作だ。因みに、内容が過激なので中国では公開されていないということ。
間違いなく数年後、ドンドンは世界で最も注目される映画監督になっていると思う。

21:30 さまよう

ティーチインの後、ドンドンに話し掛けようと思っていたが、やめる。あまりの素晴らしさに落ち込んだから。再び、呆けた様に街をさまよう。こういう時は酒を呑むに限る。しかし、この街の酒屋は全て閉まっている時刻。どこか飲食店に入って注文するしかない。

22:30 寿司 Oct04_2245.jpg

いつの間にかロブソンストリートに来ている。ここには、やたらと日本人向け商店が多い。折角だからと寿司屋に入る。

店員は日本人女性で、寿司職人は日本語が話せない中国人。なんでも日本から職人を招いて仕込んでもらったらしい。

とりあえず、熱燗を頼む。

なんかバンクーバーに来てから、やたらと英語を話し、聞いている。で、俺は英語下手なんで、聞くのはともかく話すのに凄く不自由する。本当はもっと色々話したいのに、言葉が出ないからもどかしい。さっき、ドンドンと話すのを止めたのも、あの映画の素晴らしさをどう英語で表現しようか考え、俺の語彙では陳腐になってしまうと思ったから。言葉が下手なデメリットは、相手を理解できないことよりも自分を表現できないことだと思う。誰も俺のことを分かってくれないという孤独は絶望的なのだ。

寿司はネタ、シャリとも当然イマイチだが、握りが意外に上手で結構イケた。

24:00 ホテルに戻る

疲れているのに眠れない。浴室で窓を空け、煙草を吸っている。今日観た「THE MISSING」と「GREEN HAT」のことを考えている。とてつもなく寂しい。この寂しさは、物理的、肉体的な孤独ではなく、自分の表現への欲求と葛藤から来る精神的な孤独なのだ。それは日本にいても同じなのだけれど、自分の英語力を通すことで、改めてその事実を痛感させられる。もっと英語を話せるようになりたい。もっと映画を撮りたい。そういう動機があることは仕合わせなのだけれど、辛く苦しい事でもある。

28:00 眠れずに散歩

あまりにも眠れないので、仕方なく夜の街を散歩する。全ての店は閉まり、ゴーストタウンの様。何人か物貰いが近寄ってくる。結構、元気そうなのに仕事が無くプラプラしている人が多い。昼間から道端にずーっと座っていたり、金くれーって寄ってきたり。それだけ元気なら仕事しろよって思うけど、これが失業率の高さってやつなのだろう。若者がマッポにパクられ、マウント・ポジションからワッパ食らったりしている。

結局、眠れないままに、朝の光を仰いだ。
posted by 井川広太郎 at 16:31| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | バンクーバー旅行記2004 | 更新情報をチェックする

2004年12月16日

5nights&6days 9 MISSING

10月04日月曜

10:00 事務所

今朝もさくっと起きた。珈琲を呑みに映画祭事務所に行く。チラシ置き場では今日も「マチコ」の枚数が減っている。うっしゃうっしゃと言いながら追加する。

10:30 図書館

図書館にWEBLOGの更新、および「SPICA」制作の江原さんへのメールを書きに行く。と、白川監督と通訳のエミさんが来る。3人で並んで、それぞれPCに向う。で、その時の書き込みが、こちら

12:00 THE MISSING

PCに向い続ける二人を置いて俺は退散。で、バンクーバーらしくアジア映画を見ようと映画祭パンフレットで当たりを付けて劇場に行く。一本目は台蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)の映画で役者をしていた李康生(リー・カンション)監督のデビュー作。実は蔡明亮監督作品はあまり好きではないのだが、台湾映画見たさに足を運ぶ。

「不見/THE MISSING」(2003/李康生)
公園ではぐれた孫を探しつづける老婆と、ネットゲームに夢中でインターネットカフェに入り浸っている内に祖父がいなくなったことに気付く少年の一日を描いたもの。

衝撃。生涯最高の一本に数えても申し分無い傑作であった。この作品の凄さ、素晴らしさを上手く表現することは未だに出来ないのだが、一つだけ言えるのは、映画ならでは、小説でも絵画でも写真でも彫刻でも演劇でも音楽でもない、映画ならではの表現で醸成された作品であると言うことだ。暉峻創三さんが、反対を押し切って東京国際映画祭に呼んだというのも良く分かる。映画は、進化し続けると言うことを確信した。

14:00 事務所

「THE MISSING」を観たショックで落ち込む。あまりの衝撃に呆けた様になる。そういえば、今日は何も食べていない。落ち込んだ時はお腹をいっぱいにするに限る。というわけで、映画祭事務所に行く。度々ここを訪れるのは、レセプション・ルームがあるから。そこには飲み物も軽食も常に置いてあり、また、様々な映画人がいるから色々話す機会がある。

レセプション・ルームにはアジア人が独りだけいた。とりあえず、食べ物と珈琲を取って、その人の側に座り、英語で話しかける。彼は、中国の映画監督であった。

彼は自らをドンドンと名乗った。ドンドンは昨日のクルージングでも見掛けた。無口そうなので話し掛けなかったのだが、実はあまり英語が得意ではないらしい。ま、それは俺も同じなんで筆談を交え話す。話してみると、とっても気さくでナイスガイ。要するに人見知りするらしい。彼は北京出身だが、今はNYで映画を撮っているとのこと。で、彼のデビュー作が今日、上映するらしい。その作品は面白そうなので俺も見に行こうと思っていたんだよ!日本、中国、それぞれの映画事情などを話しているうちに、すっかり打ち解ける。彼は打ち合わせがあるので、と名刺を交換して別れた。

15:20 SELVES AND OTHERS

ドンドンと話しているうちに、映画を一本見逃した。まあ仕方ない。ので、プログラムを見て、時間的に都合が良さそうなのを選び適当に入ることにした。

「Selves and Others: A Portrait of Edward Said」(2003/Emmanuel Hamon )selves.jpg
2003年の9月に亡くなったアメリカ人でパレスチナ問題の専門家でもある「現代最高の知性」サイードのインタビューで構成した中編ドキュメンタリー。このおっさん、中々ギャグセンスが冴えてて面白いのだが、それ以上に、アメリカの悪口にウケまくるカナダ人観客が面白かった。

「Driving an Arab Street」(2003/Arthur Hurley) 
エジプトのカイロでタクシーを乗り継ぎながら運チャンに「アメリカについて」インタビューする短編。タクシーの運チャンたちが政治に対して私見を良く喋るのでビックリ。知識水準の高さに、これが民主主義だよなと関心。お上にお任せなどっかの国とは訳が違う。これまたアメリカの悪口にカナダ人は大喜び。

17:00 パーティ

白川監督と待ち合わせて、レセプション・ルームで毎晩開かれているパーティに出席。パーティと言っても、とってもフランクな雰囲気で勿論立食。この日はフランス大使館主宰だとかで、フレンチが出てた。あんま美味しくなかったけど、酒をガブガブ呑む。今回VIFFに作品を出品している監督や役者、関係者などが来ていて色々話す。妙に場違いなスーツを着たお上品な方が話し掛けてくるなと思ったら、フランス大使館員とやらでビックリした。
posted by 井川広太郎 at 22:16| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | バンクーバー旅行記2004 | 更新情報をチェックする

2004年12月13日

5nights&6days 8 限界への挑戦

10月03日日曜

16:00 インタビュー  Pp1010036.jpg

少し遅れて、映画祭本部に着く。これから“バンクーバー新報”の取材を受けるのだ。バンクーバー新報は、バンクーバー在住の邦人向けの日本語ローカル新聞。因みにバンクーバー在住の邦人は1万5000人以上、短期滞在者を含めれば3万人以上と言われている。バンクーバー新報では既に、映画祭上映前のVIFF特集で「マチコのかたち」の紹介をして頂いていた。

記者の藍さんとは日本からメールで何度も遣り取りし、また昨晩、「マチコ」の上映でもお会いしていたので話が早い。映画祭本部のあるホテルの一室、プレス用のルームにおいて、とってもフランクな雰囲気で取材は続く。

18:00 久美子さんに会う

今日はクルージングに取材と、さすがに疲れた。もう帰って寝ると白川監督。俺も疲れたし、そうしよっかな。しかし、こんな早い時間に帰るのはもったいないなあと思いながらホテルに向って歩いていると、久美子さんに偶然会う。久美子さんは、これから映画を観に行くところだと言う。これ幸いと御同行を願い出る俺。白川監督は、そのままホテルに帰る。

19:30 「DUTCH LIGHT」 GR1

映画が始まるまで少し時間があるので、近くのカフェでお茶する。少し寒いのだけれど、店内禁煙の街なのでオープンテラスで震えながら煙草を吸う。

これから観る映画は全く予備知識無し。しかも写真家でもある久美子さんのオススメ作品。ドキドキするわな。

「DUTCH LIGHT」(2003/Pieter-Rim de Kroon)
「オランダの光」とはフェルメールやレンブラントら17世紀オランダ絵画の巨匠たちが遺した傑作の源となった、オランダ独特の陰影を持つ自然光のことと言われてきた。しかし現代美術家ヨーゼフ・ボイスは、その光が失われてしまったと指摘。果たして「オランダの光」は本当に失われてしまったのだろうか?
オランダ国内を始め南仏プロヴァンス地方や米アリゾナ砂漠にまで赴き、光を採取。また「真珠の耳飾りの少女」等のフランドル絵画とゴッホやモネらが他地域で描いた作品を並べ、対象を照らす光の違いを比較。さらには様々なジャンルの芸術家にインタビューし、特殊な実験で光の有無を証明と、あらゆる角度から「光」の謎を明かしてゆく。
作品公式HP

短調で俺はつまらなかった。先ほど寄った本屋ではフェルメールの画集を見付け、御土産に買って帰ろうと決めているのだけれど。久美子さんは映画内に登場するジェームズ・タレル(米現代美術家)と言う人のファンとのこと。この映画を観た人に感想を聞いたら皆、素敵!と言っていた。

21:30 「Le Pont des Arts」 VOG

先の映画で更に疲れたのだけれど、久美子さんはもう一本観に行くと言う。こうなりゃ観るっきゃないでしょ。

「Le Pont des Arts」(2004/Eugene Green)
何時までも修士論文に取り組めない学生と、バロック・オペラを歌う美しい歌手という二人の人生が、バロック音楽の複数の旋律のように平行して描かれる。
クローズアップのカメラに真正面で向い、芝居がかった台詞を放つ人形のような役者達。能面のような表情からは何も読み取れず、人間が形骸化してゆく。監督は、そうした演技によって映画的なマスクを役者に被せ、そこから日常的なものとは異なる言語のエネルギーを引き出すことを意図しているとのこと。
しかし、役者を道具の様に映画の中にはめ込む作風に辟易。短編の実験映画ならともかく2時間ばかしの長編なので苦痛だった。ちなみに、翌日のパーティで出演者達に会ったのだが、とっても笑顔が魅力的な気さくな美男&美女でした。そっちの方が素敵だぜ。

24:00 寝る

とはいえ、見知らぬ映画を2本も観られたのは大きな収穫。やっぱ自分の好きな作品ばかり観ていたら、幅が広がらない。久美子さん有難う!

久美子さんはこれから、明日帰国する担当している日本人ゲストに出発時刻の確認をしに行くとのこと。相変わらず面倒見が良い人だ。

俺は体力の限界に挑むほど遊び尽くし、ホテルに戻ってぐっすりと寝る。
posted by 井川広太郎 at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | バンクーバー旅行記2004 | 更新情報をチェックする

2004年12月10日

5nights&6days 7 CLOSE

10月03日日曜

8:30 起床

目覚ましも掛けずにきっかり起床。早速、珈琲を煎れる。バンクーバーの街は兎に角、昼間が最高。陽射しは柔らかく、色が溢れ、活気に満ちている。どんなに疲れていても早く起きて散歩するのが、お得。また、例外に洩れずバンクーバーも夜が早い。つーか、東京に住んでる者にとっては世界中どこの都市も夜が早い。こういう時こそ、郷に入れば郷に従え。

寝ている白川監督を尻目に映画祭本部に行く。が、誰もいない。昨日の上映の反応を知りたかったのに。が、チラシ置き場に行くと数十部あった「マチコ」のチラシが無くなっている!嬉しい!こんなこともあろうかと持ってきたチラシを追加する。

10:00 図書館へ 11:00 ドラッグストアと本屋

次の予定まで中途半端に時間があるので、白川監督と市街散策。ドラッグストアに行ったり、本屋に行ったりして時間を潰す。日本から多めに持ってきたセブン・スターが切れたので煙草を買ったら、噂通り高く、800円ぐらいした。しかも、パッケージには「これ吸うと死ぬ(確立が高くなる)よ!」と書いてある。そういえば、バンクーバーに来てからほとんど経済的消費活動をしていない。外貨流通に協力しなければ。

11:30 クルージング 

で、昼からは映画祭主宰のクルージング!待ってましたと集合場所に向う。ボランティア・スタッフの方々の自家用車でハーバーまでピストン送迎。それからゲストみんなで船に食品やら飲料やらを船に積み込む。なんでも日本人ゲストでの参加は白川監督と俺だけらしい。もったいない!

で、このクルージングの楽しさ、素敵さ、素晴らしさは、正に筆舌に尽くし難い!半島であるダウンタウンを周遊しながら、別荘地であるバンクーバーノースの方へ回っていく3時間程の船旅。

 

天候も素晴らしく良く、美味しい酒や食事に囲まれ、物見遊山。港町バンクーバーだけあって、巨大なタンカーから、個人用のボートやヨットまで沢山すれ違って行く。水面を滑走した水上飛行機が空を飛ぶ。すれ違う人達は、みんな笑顔で手を振る。

 

船長はとっても気さくなおっさんで、素人の俺が見ても操船が上手いのが良く分かる。あれは何と聞くと何でも教えてくれる物知りさんでもある。ノースの別荘地方面では、「俺っちが一番好きな別荘はあれさ!あの家の土台の石の積み方!ハンパねえゼ!」それを聞いていたカナダ人のおばさんが「あたし、バンクーバー在住だけど、こんな綺麗な景色初めて見た!」と言っていた。

同乗した各国のゲストと仲良くおしゃべり。アジアは勿論、ヨーロッパからアメリカまで、世界中から来た映画人達が20数名、同船している。みんな上機嫌だから(まあ、そうでなくてもだけど)話しかければ楽しい会話が広がる。

当たり前だけれど、こういうところでは共通語は英語。英語が下手な俺は必死に話し、聞こうとする。もっと上手に話せれば!と、いつも思う。



香港のプロデューサーは、ホウ・シャオシェンのアシスタントをしていたらしい。ホウ・シャオシェンの作品について語り、原題、邦題の違いについて等色々話した。彼女はおやつに人参を持参していて(!)ご相伴に預かったら美味しくて驚いた!

NYから来た作家は8mmらしき小型のカメラを回している。しかし、フィルム・チェンジの様子を見ていたらフィルムがデカイ!まさかと思って聞いたら、やはり16mmとのこと。彼女はいつも16mmで作品創りをしているらしい。俺のPC7と並んで煌く波を撮った。



いや、とにかく、海も空も街も、景色は素晴らしく美しく、皆良い人だし、食事は美味いし、素敵な、素敵な一時でした!

15:30 再び、図書館へ

次の予定まで若干の間があったので、ついでに図書館に寄る。つーか白川監督が行きたがるからさ。日本語での書き込みは、昨晩のGALAパーティの時に聞いときました。で、その時の書き込みが、これ
posted by 井川広太郎 at 20:09| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | バンクーバー旅行記2004 | 更新情報をチェックする

2004年12月07日

5nights&6days 6 マチコ上映

10月02日土曜

18:30 コンペ受賞式

さて、バンクーバー国際映画祭(VIFF)は、アジア映画を多数上映する映画祭として予てから欧米での国際映画祭において確固たる地位を築いてきたのだが、今年からは更に、メインのコンペ部門が“アジアの新人”対象になり、その度合いを強めた。因みに、過去5作品をVIFFで上映している白川監督は勿論、対象外。

で、白川監督と共に会場であるVisa screening room@Vogeu Theaterに向う。ここもVIFFのメイン会場の一つ。さすがコンペの受賞式とあって、会場のチェックも他の上映よりは厳しく、またドレスアップした御婦人の姿が目立つ。

そういえば、この授賞式を含めて、今日の我々のスケジュールは過酷らしい。でも、あんま良く知らないので、通訳のエミさんを見つけて色々聞くが、やっぱり、あんま良く分からない。ので、ポールを見つけて聞いてみると、こと細かに教えてくれる。この人は本当に何でも知っている頼りになる人だ。

 

会場は、舞台を囲んで二階まである客席が円形に並んでいる木造の立派な劇場。ちと驚く。シックな演出と、フランクな雰囲気に、この映画祭の感じの良さが表れていた。

で、コンペはと言うと、なんと!PFFグランプリの高橋泉監督「ある朝スウプは」がグランプリを受賞!すごい!めでたい!日本映画の力を世界に知らしめる快挙!このニュースが日本でも広まって、日本映画とそれを担う我々若手に注目が集まれば、と思う。

19:30 中華料理屋へ 

で、ポールに言われるまま授賞式を中座し、高橋監督を始め、日本チームが揃って中華料理屋に向う。いや、めでたいので呑む。呑む。呑んで良い感じになった頃、ポールが耳元で囁く。そろそろ上映ですよ。そぉう、そぉう。今から「マチコ」の上映だった。しかし酔っちった。ポールは、トニーも酔ってギリギリまで呑んでようなんて言ってるよと困り顔。

21:15 スクリーニング  

やべ〜遅刻しちゃうよと、白川監督、トニー、ポールと、関係者数名とで劇場に急ぐ。

劇場はGranville CINEMA。開場前に着いたのだが会場には既にお客様が入っている。のに、なぜか画面調整をしている。どういうこと?と思いつつ、ま、いっかと座ろうとしたら、画面の設定はこれでいいのかと聞いてくる。どうもこうも静止画(しかも、なぜかウェイターズが並んでいるところ)じゃ分からんのだが、とりあえず縦横比は明かな間違いなので訂正する。お客様が入っているので動画チェックするわけにもいかないし、そもそもチャックするなんて話は聞いていない。第一、俺、酔ってるし。

と、日本の女性二人組から話しかけられる。明日、取材のアポがある“バンクーバー新報”の藍さんと、「マチコ」予告編を放送して頂いた“Nikkei TV”の泉田さんであった。いままでメールのやりとりで仕事を進めていたが、勿論、初対面。初めまして。お世話になっております。

観客は結構の入り。で、今回は短編なので上映後のティーチインは無く、上映前の御挨拶。トニー司会、ポール通訳の下、白川監督が舞台に呼ばれる。拍手。俺は酔ってるから遠慮しとこうと思ったら、呼ばれちゃったので恥ずかしいなあと思いつつ行く。

上映前の御挨拶なのに、話好きの白川監督は例によって長く喋る。しかも通訳を通すから時間が掛かる。賞味10分ぐらいは掛かった。前回の「眠る右手を」を観ているお客様も多いので、白川監督は「マチコ」制作に至った経緯などを中心に話す。相変わらず、カナダの人は身を乗り出す様にして興味深そうに聞いている。

で、上映開始。面白い。なにが面白いって、日本の上映とは受けの度合いが違う。皆、ゲラゲラ笑ったり、じ〜っと見入ったり、しんみり聞き入ったり、明確な反応が返ってくる。こっちが仕込んだ意図を100%理解出来てるのではと疑いたくなるほど素直なレスが付く。日本の上映では受けなかったような部分でも、受けまくっている。すげ〜嬉しい。

そういえば、昼間にケアロスタミの上映で会ったチャイニーズの女の子は観に来ていたのだろうか。本当は上映後に観客と話したりしたかったのだけれど、ポールに誘われるまま次の目的地に速攻で移動する。

22:00 GALAパーティ  

GALAパーティはVIFF期間中に数度開催される大パーティ。2年前は参加できなかったので、今年参加できるのを凄く楽しみにしていた。ちょっと格式が高いらしい。入場のチェックも厳しい。だが、酔ってる俺にはあまり関係が無い。呑みまくるぞ!

酒が呑めない白川監督は疲れているからとさっさと帰ってしまう。こういう場に来たら色々な人と話さないと損。酒呑んでるし誰とでもHELLOで会話が始まる。結構沢山の人と話したのだが、何分、酔っていたのであまり覚えていない。カナダ人のCMディレクターという人と話していたのは覚えている。「本当は僕も映画撮りたいんだ」と言っていた。

で、ホールを歩き回ってがぶがぶ呑んでへべれけになったので、日本人の人達に癒してもらおうと、日本人室みたいなところに行く。こういう異邦の地における日本人の結び付きは本当に強く、心強い。

ポールや久美子さんとゲラゲラ話している。と、横には田口トモロヲさんがいるではないか!酔って自制心を無くした俺は、友達かのようにトモロヲさんにタメ口きいて馴れ馴れしくする。本当に申し訳有りません。この場を借りてお詫び申し上げます。

酔った俺の勢いは止まらず、中国人の人達が歓談している席に闖入する。こっから先は本当に覚えていない。後でその時撮ったビデオを見たら、10人ぐらいの中国人と肩組んで歌ったりしていた。しかも俺が映っている。一体、誰がカメラを持っていたんだろうか… 彼らとは「GOOD LUCK!」とか言って別れた。やっぱ大陸の人は心が広い。

 

その後、日本人室に戻って呑んだのだと思う。この時は完全に酩酊状態。相当、粗相をしていたらしい。どうやって帰ったのかすら覚えていない。誰かに担がれながら「あんな警備厳しいとこで、あんなことしちゃ駄目っすよ!」とずっと説教されていたのはうっすら覚えている。

27:00 寝る

なんとか無事にホテルに帰れたらしい。こんなに酔うのは久しぶりだ。何より、記憶を失っているのが悔しい。色んな人に迷惑掛けたことを反省しつつ、倒れる様に寝る。
posted by 井川広太郎 at 19:50| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | バンクーバー旅行記2004 | 更新情報をチェックする

2004年12月03日

5nights&6days 5 5−7−11

10月02日土曜

15:00 「5five〜小津安二郎に捧げる〜」アッバス・ケアロスタミ

お次の目的地である上映会場はPacific Cinemateque。この名前を聞いてピンと来た人は凄い!ここは2年前「眠る右手を」を上映した所である。ああ、懐かしい!

で、観る作品はアッバス・ケアロスタミの作品。(一般には“キアロスタミ”と表記することが多い様です。)この人も最も尊敬する映画監督の一人。いや、俺みたいな若造が尊敬するのもおこがましいくらい、偉大なリビング・レジェンド。彼はイランの映画監督であるのだが、伝説には事欠かない。子供が泣くシーンを撮るためにフレーム外で子供の足をツネッたとか、子供が困惑する顔を撮る為にカメラの前に1日中立たせたとか、とにかく神話的な彼の作品には、可笑しなエピソードがまとわり付く。

生涯で最初に観たケアロスタミの作品は「クローズ・アップ」。あまりの衝撃的な面白さに彼の虜になり、その作品が撮られた経緯を知って、ますます興味を持つ様になる。その撮られた経緯というのは彼の全ての作品にオマケとして付いているような類なのだが、その狂気に満ちた映画愛というか鬼のような常軌を逸した制作姿勢は、本当に刺激になった。ともあれ、作品の面白さときたら、それはもう強烈なのだ。

次に観たのが、「友だちのうちはどこ?」「そして人生は続く」「オリーブの林を抜けて」の所謂、“ジグザグ道3部作(地震3部作)”。どれも忘れ得ぬ傑作なのだが、特に「そして人生は続く」は、そのタイトルも含めて、俺にとってとても大事な一本です。

「トラベラー」「パンと裏通りも」からは、映画を創る姿勢について本当に色々学んだ。お金を掛けなくても、こんなに面白い映画が撮れる!というショックは当時の俺にとって、とても大きなものだった。近年の「桜桃の味」「風が吹くまま」も日本公開時に嬉々として劇場に走った。観た後は俺も周囲もケアロスタミを話をツマミに酒を呑みまくった。「ケアロスタミの映画とは曰く“忍耐と奇跡”だよ!」なんて言って、その言葉を支えに学生映画に励んでいた。

そんなケアロスタミの作品である。襟を正して観なくちゃいけません。ましてや、今回の映画は“小津”に捧げているらしい。嫌が応にも真剣に観なければ!

劇場に着くと、やたらとスカーフを巻いた人が多い。というより観客のほとんどが中東系の人だ。で、気付いたのだが、このバンクーバー国際映画祭は、多国籍なバンクーバーという街にあって、様々な国の映画を“カナダ人”に提供するというだけでなく、在住する他文化圏の人々のホームシックを和らげるという機能もあるのだ。素敵。

席に着いて上映を待っていると、横にチャイニーズの女の子が座る。や、否や、日本の役者さんですよねと英語で話しかけて来る。昨日、あなたの作品観ました!と言っている。いや、俺は日本の映画人だけれど役者じゃないし、俺が撮影した映画の上映は今晩だよと言うと、残念そうな顔をしながら、それを観に行くと言う。どうやら彼女は、俺を田口トモロヲさんと勘違いしたらしい。とっても光栄だけれど、なんか凄く恐縮…

彼女はVIFFの“フリーパス”を買っていて、それがあると俺達の“ゲストパス”同様、ほとんどの上映に入れるらしい。しかし値段は数万円するとか… 彼女は映画学校で学んでいるらしい。映画を学ぶなら、やっぱケアロスタミは観なくちゃでしょ!というわけで上映が始まる。俺はガチンコで映画観るぞモードに入る。

「FIVE DEDICATED TO OZU」(2003/Abbas Kiarostami)
15分程度のフィックスの映像が五つ、順に映し出される。波打ち際を転がる木片。海岸沿いの道を歩く人達。砂浜で寝る犬の群れ。砂浜を行進するアヒルの群れ。池に映った満月が雲に隠れたり嵐が来たり。それだけ。

上映中、一つの映像が終わる度に観客が帰っていく。最終的には半分もいなくなった。実際、退屈で不可解すぎる。アンチハリウッド的に、命を初めとする森羅万象の輪廻を描いたのかもしれないが、“忍耐と奇跡”というお守りを心の中で繰り返し呟いていた俺でも辛かった。実際、どれも美しい映像だし、思い起こすと体験として素晴らしく味わえるので、観たのと観ないのでは矢張り違うのだが、これを観ろと言うのはあまりにも過酷で暴力的だ。笑いも、悲しみも、怒りも、楽しさもあるのだが、間口はあまりにも狭い。他の方法もあるのではないだろうか。DVで撮るということが嬉しくて、意地悪でこんな映画を撮ったのではと、神の人の思召しを疑う。

17:00 7イレブン

さすがに草臥れる。何もかも嫌になってホテルに戻りたいと思う。しかし、腹が減った。そうだ、行き掛けに見掛けたセブン・イレブンに寄って食い物を買って帰ろう。

セブン・イレブンは概ね、日本と一緒。違うところは、店舗の大きさ、陳列している商品の色合い(欧米の色使いは往々にして派手な原色系が多い)、店員がフランク、そして店内中央に巨大なコーヒー・セイバーがあることだ。

バンクーバーの人は本当にコーヒーが好き。そういえばお隣街のシアトルもコーヒーのメッカ。バンクーバーでは街中そこらでコーヒーを売っているし、その全てがちゃんと煎れたもの。缶コーヒーなんて勿論ない(少なくとも俺は見た事無い)。ちなみに各上映会場にはスターバックスの出張店舗が出ている。また、ホテルの各部屋には、簡易コーヒーメイカーが置いてある。豆を挽いた粉がフィルターに袋詰になっている。毎朝、豆を引いてコーヒーを煎れないと目が醒めないというコーヒー党の俺にはバンクーバーは天国だ。

で、セブン・イレブンで例の“北米サイズ”のサンドイッチを買う。さっさとホテルに帰ってコーヒー煎れて食おう。

17:30 ホテルに戻る

…おかしい。鍵が開かない。カードキーを差し込んでも、エラーの表示が出る。朝、出た時は異常なかった。まさか、白川監督が外出する際にでも壊れたのだろうか。にっちもさっちも行かなくなって、ホテルのフロントに行く。

例の巨漢の感じ悪いボーイなら嫌だなあと思っていたら、小柄で気の良さそうなボーイだった。良かった。カードキーがエラー表示になる旨伝えると、そりゃ、カードの使いすぎで磁気が弱くなったんだよ!この新しいキーをあげるよと別のカードキーを渡される。使いすぎって、まだ、数回しか使ってないけど… 半信半疑のまま再び自室のドア前に立ちトライするも、矢張りエラー表示が出る。弱ったな。

フロントに戻り、やっぱり駄目だったと伝える。よっしゃ!オレっちが行くよ!とボーイも一緒に来る。で、三度、自室のドアと対面。ボーイは何やら新しいカードキーを取り出す。いいかい?よ〜く見てなよ!これが魔法さ!1、2、3!!とカードキーを差し込む。やっぱりエラー表示が出る。

ボーイは俺に、中には誰もいないかいと聞く。最初、鍵が開かなかったときノックしても返事なかったし、白川監督が未だに部屋にいるとは思えない。いや、いないはず。と応える。すると困った表情を浮かべながら、ボーイはどこかに電話をかける。呼出音が続く。なかなか出ない。やっと誰かが出る。するとボーイは俺の方を見てニヤリとする。「あなたのお連れ様が困っているので鍵を空けてもらえます?」と言うボーイ。へ?

ドアの鍵がガチャリと鳴る。扉が開く。ドアを空けたのは眠そうな表情の白川監督であった。をいっ!どうやら白川監督はオートロックの構造を知らず、俺が外出した後、さらに手動式の鍵を内側から掛けていたらしい。そりゃ、空かないわ。



ニヤニヤ笑うボーイに面目ないと平謝りする俺。何事か事態が把握できないままの白川監督は再び(三度?)眠りについたのであった。
posted by 井川広太郎 at 00:03| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | バンクーバー旅行記2004 | 更新情報をチェックする

2004年11月30日

5nights&6days 4 CLEAN

10月02日土曜

11:00 起床

昨晩は流石に呑み過ぎたのか、あるいは単純に長い1日だった為か、俺の体内時計も若干の誤差を生じたらしく、目が醒めた時は既に午前が終ろうとしていた。かつて、夜勤のバイトをしていた頃や、さらに昔々、毎晩の様にオールナイトで映画を観ていたか、映画仲間と朝まで酒を呑んでいた頃は夜型万歳生活であったが、早寝早起きが習慣づいてからは、お日様燦燦、体内時計も正確そのもの、1日が長く充実し、健康とはこのことか!と実感した。編集は夜しか出来ないと信じていたが、最近は午前中からでもちゃんとやれる。やっぱ、食生活と規則的な睡眠が人間にとっては何よりだと思う。

とはいえ、無論のことではあるが、映画の撮影中はそんなこと一切、無視される。現場では現場毎に時間軸が存在し、それがそれで必要であって、健康的なことなのである。寝られるれる時に眠り、食べられる時に喰う。ラフにタフに。まあ、その為にも普段は健康生活をしていることが重要なのだが。

で、白川監督は当然の如く、爆睡中。さて、珈琲でも煎れるか… おっと!俺には大事な予定が合ったと、慌ててホテルを出る。

11:30 「CLEAN」オリヴィエ・アサイヤス GR3

昨日と同じGranville CINEMAに向う。ここで今日は… アサイヤスの新作を上映するのだ!オリヴィエ・アサイヤス。その名を聞くだけで興奮する映画監督はそうはいない。現代の映画監督の中で最も知的でエレガントで美しい作品を創る監督だと思うのだが、俺の回りでは支持者が不思議と少ない。つーか、この人の話題が出ることすら滅多にない。なぜだか、いつも分からない。「イルマ・ヴェップ」は奇跡の映画だから、まあ別にしておいても、「冷たい水」や「パリ・セヴェイユ」とか文句なしに最高じゃないか!そう言えば「8月の終わり、9月の初め」は、ほとんど全く分からないフランス語でありながら観た瞬間、最高!って思ったので、劇場公開が待ち遠しいと期待してたのに、結局、日本では公開されなかった。なぜだ!本当に不思議で仕方ない。

んなわけで、日本では中々お目に掛かれないアサイヤスの新作がバンクーバーで観られるとは、幸運至極である。とっても胸が高鳴りながら劇場に入る。我々は映画祭からPASSを貰っているので、期間中は全ての作品が無料で見られる。これも、映画祭の醍醐味の一つ。

席に着いて周りを見回すと、観客にチャイニーズ系が目立つ。それもそのはず、この映画の主演はマギー・チャン!マギー!!最高にも程がある。「イルマ・ヴェップ」で出演して、そのままアサイヤスと付合い始めた頃は、映画界史上最高のカップルと羨んだが、二人は離婚後も仲良しらしい。いや、それこそ、ゴダールとカリーナ宜しく、仲悪くても映画で繋がっちゃっているのかもしれない。んなことは、どうでもいい。マギー主演のアサイヤスの新作を観られるという幸福を神に感謝!

「CLEAN」(2004/Olivier Assayas)
ヤクザな女に身を落としたマギー(この時点でカッコ良過ぎ!)が、ついにお縄を食らう。娑婆に出て更正しようと幼い我が子に再会するも彼にも見放される。マギーは必死に彼とコミュニケーションを取りながら、嘗ての自分の生き甲斐であったシンガーとして復帰する為、忌まわしき記憶と格闘しながら、必死に生きる…
クローズアップで只管マギーを追うカメラは、緊張感に満ち、愛情と憎悪を漲らせる。それから逃げる様に街の中を彷徨うマギーが最後に迎えるラストカット。ラストカットは凄いよ。救われちゃう。俺は救われちゃったから。
これさ、この映画が感動的なのは、やっぱアサイヤスがマギーの為に、マギーを想って撮ったからなんだよね。そりゃ感動するよ、泣けるよ。この話聞いただけで泣けないか?俺は泣ける。
この作品でマギーがカンヌの主演女優賞を取ったり、やっぱライヴとかクラブを撮らせたらアサイヤスの右に出るものはいないし、作中曲つーか演奏しつつバンドが出演しているんだけど滅茶苦茶カッコ良かったよ。うん。
ぶっちゃけ、本当に愛する映画については何も語れません。ごめんなさい。
これだけは言っとくわ。とにかく最高だから。

13:30 図書館へ

感動する映画を観た後は、街をうろついてしまう。茫然自失というのだろうか。なんか世界との接点がなかなか回復しなくて、視覚も聴覚も触覚も、五感が機能してない感じのまま、ぼーっと行くアテもなく歩く。

しばらく公園で陽を浴びてる。天気が良い土曜日の昼すぎ。街に人が溢れている。しかし日本で言う雑踏とは違う。映画を見た後劇場を出て、人込みに負けてしまうことがある。幸いここはバンクーバーであって、街にいるのが苦痛ではない。

 

歩道の側のベンチでは誰かが持ってきたらしいチェスセットが何組も置かれ、みなで対局している。参加しようかとも思ったが、チェスはあまり上手ではないので止めた。

で、次の予定まで少し時間があるので、公立図書館に向う。昨日、教えてもらったのだが、バンクーバーの公立図書館ではブロードバンドに接続したPCが無料解放されているらしい。で、英語のみならず、日本語、中国語、韓国語など様々な言語に対応できるとのこと。HUEのHPを更新しよう!

とっても広く綺麗で立派な公立図書館の一階にPCが50台ほど並んでいるスペースがある。それらは全て誰かが使用中で、何人かが並んで順番を待っている。きっとここだろう。しばらく待つと俺の番が来た。

確かにPCはネットに繋がる。日本語のページもバッチリ見られる。しかし、日本語入力への切り替え方が分からない… キーボードがね、違うんだよ。配列とか。ちょっとショック。勿論、概ね一緒なのだが、細かい部分が微妙に違う。あるはずのキーがあったり、なかったり。なんで、入力切替とかどうすればいいのか全く分からない。色々試してみたのだが駄目だった。こんなところでもカルチャーショックを受けるとは… 次の予定の時刻も差し迫ってきたので、必要なメールを英語で返信するに止める。

日本では、制作の江原さんが「SPICA」のプリプロを一手に引き受けているので、色々情報交換せにゃあかんのです。
posted by 井川広太郎 at 23:20| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | バンクーバー旅行記2004 | 更新情報をチェックする

2004年11月18日

5nights&6days 3 一番長い日(後編)

10月01日金曜

21:00 「ラマン」上映

バンクーバーのダウンタウンの目抜き通りの一つがGranville通り。で、その中腹にあるシネマ・コンプレックスがGranville CINEMAである。スクリーンが8つぐらいある大劇場で、VIFFのメイン会場の一つだ。

そこで、廣木隆一監督「ラマン」の上映が行われる。大先輩の作品を拝見しようと、PFF、イメフォチームと一緒に白川監督と俺も劇場に集まる。ホテルから会場へは、わずかに数分だ。



劇場前に着くと、既に大勢の人が並び待っている。バンクーバーの人は本当に映画が好き。Granville CINEMA前には朝からこの時間まで、お目当ての作品を観る為の行列が途切れることがない。と、廣木監督、田口トモロヲさんを始め、関係者一同が談笑しているのが見える。恐る恐る近付くと、そこには通訳のポールさんの姿が!

ポールは2年前のバンクーバー来訪時に本当に御世話になった方で、今年も会えることを凄く楽しみにしていた。ポールは日本の映像ソフトをカナダ用に翻訳することを仕事にしており、2年前は「機動戦士ガンダム」を担当しているとのことで盛り上がった。で、現在は「プロジェクトX」をやっているとのことで、昨日は田口トモロヲさんと一緒に仕事をしたのだという。カナダでは日本の映像ソフトの需要がどんどん高まっているらしく、ポールも「仕事が多過ぎて断っている」状態であるという。それにしても、英語は勿論のこと、日本の昨今の事情にまで異常に詳しく、日本語のスラングやオヤジギャグすら完璧に使いこなすポールはまさに適任だと思う。

で、一同、お客様より一足早く会場に入る。我々が席に着いた頃には直ぐに開場され、会場は満員となる。トニー・レインズ氏による司会、通訳はポールが行い、廣木監督と田口トモロヲさんが挨拶をし、上映が開始される。

「ラマン」(2004/廣木隆一)
ほとんど人物も、時代も、背景も説明が無されない状況下で、3人の男と、彼等に“買われた”1人の少女の関係性が描かれていく。余分なものを一切排除した映像は、同時に多くの余白を生み出し、漫画的な想像力を観客に要求する。淡々と流れる作風は、アンチ・リアリズムとも言えるパッション先行型の独特の世界観を提示し、今後の日本映画の一つの可能性への示唆に富んでいたように思う。

上映後のティーチインでは、日本の風俗や文化などに鋭い質問が飛び交う。日本の観客はこの手の質疑応答が苦手だが、海外の観客は本当に真剣に話しかけてくる。面白い。廣木監督は真剣に、トモロヲさんは時にジョークを交えながらそれに応え、会場はおお盛り上がりだった。

ティーチイン終了後、未だに観客に捕まる廣木監督、トモロヲさんを囲みながら、ロビーに関係者が集まる。そこに、またまた懐かしい顔が! ポールと同じく2年前に無茶苦茶お世話になった通訳の久美子さんである。仕事で上映には間に合わなかったらしいのだが、会えて何より。再会を喜ぶ。今年はイメフォチームの担当らしい。こうして、お世話になった方々に再び会えると、映画祭って良いなあ、俺達頑張ったんだなあ、また来たいなあと思う。

で、関係者一同で会食とのこと。ご相伴に預かって宜しいんですか!? 少しずうずうしいとも思いつつ、こんな機会滅多に無いので恥を偲んで同行させて頂く。

23:00 会食

場所は中華料理屋。トニーの行き付けの店だ。廣木監督、トモロヲさん、そしてラマンのプロデューサーの方々と一緒に、白川監督、イメフォチーム、通訳の人達も同席させて頂き、計10数名。恐る恐る自己紹介などしつつ、酒に食事に舌鼓を打つ。この店で一番驚いたのは、白米がオカズの一種として大皿に盛られて出されたこと。それ以外は特に変わった点は無く、皆、美味しそうに食べる。



店内喫煙は禁物の国。スモーカーは代わる代わる表に出て、ヤニを食らう。食事は食べ尽くし、酒もかなり進んだ頃、珍しく酔った表情でトニー登場。「そんなに呑んで!映画祭が潰れちゃうよ!君らはウワバミか!?」なんてことをご機嫌な調子で言いながら、ジョークを言いまくるトニー。「こないだ日本でタケシサンが日本の三つの悪習を教えると言ってきたヨ。まず1つ目がキャバクラ。なんで高い金を払ってこっちが女の子のご機嫌を気にして接待しなきゃならないんだ!?」一同爆笑。俺が、残りの二つはなんなんすかと聞くと「怖くてそれ以上は断ったヨ」一同爆笑。

隣の部屋では韓国の映画人達が同じく呑んだくれているらしい。奴らの調子が気になるから、ちょいとお暇と去るトニー。それにしても呑み過ぎたかなと一同少し反省。ま、後の祭なのだけれど。しかし日本ではなかなか得られない出会いや機会を海外映画祭では得られる。廣木監督やトモロヲさんと同席させて頂くことなど、なかなか出来ない。それだけで来た甲斐があるというものだ。

27:00 寝る

ま今日はこの辺で勘弁したるわいという調子で解散し、ホテルに戻ると、とっくに日付が変わっている。あ、そう。こうしてやっと、バンクーバーでの初日、40時間以上、3カ国に渡る長い長い1日が終る。これでも、まだ遊び足りないのだが、明日は明日で楽しいことがテンコ盛りなのだ。

posted by 井川広太郎 at 23:11| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | バンクーバー旅行記2004 | 更新情報をチェックする

2004年11月16日

5nights&6days 2 一番長い日(中編)

10月01日金曜

17:00 バンクーバー着

久々に訪れたバンクーバー国際空港は、俺の記憶と少し違っていた。やたらとだだっ広い空港だと思っていたのだが、その空間を埋めるかのように異常に大きく、そして陽気なモニュメントが置かれていたのだ。というより、そびえ立っているという方が正確か。なんでもバンクーバーの観光シンボルはトーテムポールらしい。巨大な目玉を持つ極彩色の鳥だか巨人達のあまりにも陽気な歓迎に些か驚く。

到着ロビーに通訳と送迎の人が待っていた。のだが、少し人数が多い。なんでも、我々とは別に白川監督と井川が来るはずだという。だから、それ俺達じゃん。まさか、我々2人の為に車を2台用意したわけでも有るまいし。結局、向こうの手違いであるということにして、皆で仲良く市街に向う。

車内にて飛行機が遅れていた旨謝罪すると、火山は大丈夫でしたかと聞かれる。そんなこと全く知らなかった我々は逆に驚く。着いてしまえばどうってことないのだが、待っていた方々は心配で気が気でなかったらしい。5泊の滞在の予定などを話しているうちに市街が見えてくる。空港からバンクーバー市街のダウンタウンへは閑静な住宅街を抜けて直ぐ。車で僅かに30分程度。懐かしい街並は少し、高層ビルが増えた様に思う。通訳のエミさんに聞くと、最近バンクーバーの人口は増え続けているのだと言う。あんな素敵な街なのだから、それも致し方ない。

17:30 ホテル着

目抜き通りの直ぐ側のホテルに宿泊するとのこと。すぐにでも映画祭事務局に行く必要があるのだが、とりあえず荷物を置く為、先にチェックインを済ますことにする。

大きくはないが綺麗で頑丈な造りのホテルで安心。以前、某国でヒドイ目にあったことがあるのだが、そんな時、外国からの観光客を迎え入れているホテルはとっても頼りになることを知った。彼等にとっては評判が第一であることは言わずもがな、外貨を稼いでいるホテルは国との付合いも良好なのだ。言わば、大使館のようなもの。ちょっとした街のチンピラもその手のホテルに逃げ込めば、決して手出しは出来ない。なんで、海外では安宿やモーテル等ではなく、少し高くとも海外からの客をターゲットにしたホテルに泊まるようにしている。

そんな俺から見ても安心なホテルで、いざチェックインしようとするとトラブル発生。なんと予約がなされていないというのだ。んなわけないわいと交渉を通訳に任せ、只管待つこと30分。火山で遅刻したために、予約が解除されていたとのこと。んなケチ臭いこと言わないでも良いのに… まあ、部屋を確保さえすればそれで良いのだが、なんと禁煙の部屋を割り当てられる。そういう事態は避けようと、俺は日本から「どんな部屋でも良いが喫煙で!」と少なくとも3回はメールしたのに… 我々を対応したのは巨漢のボーイ。直接彼と交渉したのは通訳だが、そのボーイの仕草や口調を見聞きしていると、どうも嫌がらせの気配を俺は感じた。

18:30 本部着

禁煙の部屋に荷物を置き、映画祭の事務局本部に向う。2年前と同じく、ダウンタウンの中央に位置する巨大なホテルの一室が、バンクーバー国際映画祭(Vancouver International Film Festival =VIFF)に用意されていた。

事務局で映画祭プロデューサーやゲスト・コーディネーターの方々に挨拶し、改めて日程などを聞く。まあ、疲れているし、複雑でとても覚えられたもんじゃないのだが。で、お待ち兼ねのプレゼントを頂く。お約束の映画祭パンフレットに始まり、Tシャツ(カナダサイズでのXLなのでパジャマにしかならない)、ピンバッジ、お菓子やスポンサーのグッズなど沢山頂いた。わーい、わーい。

Nov16_1855.bmp

と、事務室の奥からずるずると椅子を引きずりながら大男が出てくる。彼、トニー・レインズ氏はVIFFのプログラマーで、アジア映画を欧米各国に紹介することが高く評価されている映画評論家。北野武監督を世界に知らせしめた功績でも有名な、我々が最も頼りにする方だ。で、トニーと久々の再会。「やあやあ!お二方!ごめん今日はちょっと疲れているんだ。また、ゆっくり話そう」と椅子に沈みそうになりながら笑顔で迎えてくれる。この人は会う度に疲れていると言う。まあ、実際、世界中を飛び回る超多忙な方なのだが。

で、事務室を出て、レセプション・ルームに向う。そこには我々より先にバンクーバー入りしていた日本人の映画作家達がいた。彼等は、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)とイメージフォーラムフェスティバル(略称イメホ)の入賞作家らしい。年も近いので皆でわいわいと話す。彼等は数日前にバンクーバー入りし、あと1〜2日で日本に帰国するらしい。で、これから廣木隆一監督「ラマン」のスクリーニングがあるので皆で一緒に観に行こうということになる。

19:30 ホテルに戻る

流石に疲れが出てきたので白川監督と共に一旦、ホテルに戻って休む。荷物を片付け、お土産を開く。落ちついた雰囲気で、広さは勿論、日本のホテルとは訳が違う。バスルームも充実。禁煙ということ以外、ケチの付けようが無い。窓から見下ろすと、目抜き通りの賑やかさが伺える。これから5日間、この部屋に寝泊りする。
posted by 井川広太郎 at 23:28| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | バンクーバー旅行記2004 | 更新情報をチェックする

2004年11月11日

5nights&6days 1 一番長い日(前編)

10月01日金曜

13:30(日本時間) 白川監督と待ち合わせ 

いよいよバンクーバーへと旅立つ日。昼過ぎに白川監督と新宿西口で待ち合わせる。お互いにジャケット着用の上、肩掛け鞄一つという軽装。海外慣れすると荷物は軽く小さくなる。まあ、我々が行くのは国際映画祭を開くような大都市ばかりなので何一つ不自由することなく、当然なのだが。その割には白川監督は、最後の東京だなんて縁起の悪いことばかり言う。
成田への電車内は憂鬱。海外に行く時はいつも、浮かれ気分を成田への道中で最悪のものに変えられてしまう。世界中で、成田が一番遠い都市に感じる。

17:55(日本時間) 成田発 

ここまで来てトラブルは避けたい。何せ陸の孤島だから。前回、成田で持ち物検査をした時、アーミーナイフは機内持ち込み禁止と言われ、自宅に郵送したことがあった。スイスで買った名前入りのお気に入りの一品であり、海外に行く際は毎度持ち歩いていたものなのだが、年々、出国の検査は厳しくなる。今回は特に問題もなく完了。安心して外貨両替などをしていたら、場内アナウンスで呼び出される。まさか…と慌てて引き返すと、大事な書類が入ったファイルを発券カウンターに置き忘れていた。その中にはバンクーバーでの重要な連絡先一覧や帰りの飛行機の予約券が入っていた。おいおい!大丈夫か、俺。そう言えば、2年前にバンクーバーに行った際は搭乗券を空港内で無くしたりしたっけ。

日本とは暫しの別れ。食事をしたり、用も無いのに本屋の行ったり、掛かって来た電話に一喜一憂したり。なによりも寂しいのは煙草と別れなければならないこと。正確には、飛行機の中でも飛行場でも彼を肌身離さず持っているのだが、口にすることは出来ない。今生の別れとばかりに深く味わう。



飛行機の中では煙草を吸えない苦痛を、外に行けない憂鬱を忘れるために、食いまくり、呑みまくり、そして寝る。フライトは約8時間。目的地と日本との時差は17時間。毎度のことだけど、日付変更線を超えるという行為は否応無しに妄想と哲学と感動を生む。国境を超えるという概念が希薄な島国の人間には、日付変更線は地球に描かれた唯一のロマン。時差ボケ防止の為に、飛行機内でコントロールすることには慣れている。今日はとっても長い1日になるはずだ。ともすると無意識の内に共通概念だと思い込んでいる昨日、今日、明日という言葉のダイナミズムを夢想する。太陽への反逆。と、横を見るまでもなく、白川監督は赤子のように只管寝まくっている。逆時差ボケになったりはしないのであろうか。機内で何本か映画を観たが、どれも面白くは無かった。

11:30(現地時間) サンフランシスコ着 

飛行機の乗り継ぎ地点であるサンフランシスコに着いたのは昼前。格安チケットの恩恵で、意図せぬ見知らぬ土地に行けるのは楽しい。サンフランシスコ出身、あるいは在住経験のある友人は多いが、俺は滞在したことはない。聞く話によると、とても自由な雰囲気で、美しい街だそうだ。上空から伺えた景色は、確かに魅力的だった。
それにしても飛行場の中は時刻感覚が狂う。異様な広さと、均一な光線と、漠然とした音は、いつ何時、どの国でも変わらない。時差ぼけの発生原因の一つは、飛行場の時間感覚の無さなのではないかと疑う。

ここはアメリカなので当然、喫煙所があったりはしない。なんで、只管食いまくる。アメリカ・サイズのサンドイッチは、見た目だけじゃなく味もビッグ!なんてことを久々に実感した。つーか、逆に日本のサンドイッチは“おにぎり基準”で日本人向けに改良されたものなんだろう。どちらにしろ、両手で抱え、具がこぼれるのを必死に防ぎながら食べるのはシンドイ。成田で買った禁煙パイポみたいなハッカ味のプラスチック筒を人目を憚りながら咥える。

ここで我々の迂闊さに気付かされる。空港内の至る所にLANケーブルが配線されており、出来るビジネスマン風の人で無くとも、気軽にノートPCでネットに接続している。矢張り、日本のネット環境は遅れていたのか。PC持ってくれば、もっと気軽に色々出来たのにと後悔。見掛けるPCが全てhp製であることにも驚かされた。結局、道中でMacは1台しか見掛けなかった。

あとさ、携帯の利用に関してとっても大らか。皆、空港内は勿論、どこでも堂々と携帯電話で話している。元々、話す事が重要な文化なのだから当然かもしれないが、特に出来るビジネスマン風の人はイヤホン型のマイクを多用していて、「誰としゃべってんの?」と何度もビックリさせられた。

で、バンクーバー行きの飛行機を待つ。本来は2時間弱のはずだったのだが、やたらと遅れる。最初のアナウンスではちょっと遅れるって感じだったのに、次第に10分ぐらい、30分ぐらい1時間以上と長くなっていく。どうなってんの?と聞いても埒が空かないので、これ幸いとばかりに早速寝入る白川監督を横目に只管待つ。結局、3時間近く待たされた。後で聞いた話だが、何でもサンフランシスコ近辺の火山が噴火したとかで、飛行機の到着が遅れたらしい。知らぬが仏とは、まさにこのこと。そんなこと分かっていたら、飛行機に乗るのが怖くなっていたに違いない。

14:45 サンフランシスコ発 

西海岸のサンフランシスコから、同じく西海岸にあるバンクーバーへはほとんど国内線のノリ。成田から乗ったジャンボジェットに比べると頼りない小型の、いわゆるペンシル型の飛行機での2時間程度のフライト。あっちゅう間に雲の上に来たかと思ったら直ぐ、眼下に懐かしい2年ぶりに訪れる美しい街の姿が見え始めた。
posted by 井川広太郎 at 23:43| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | バンクーバー旅行記2004 | 更新情報をチェックする